短篇 | ナノ
3

 今思えば、昔から騎士になる事が決まっていたリカードはあまり女性の扱いに慣れていない。慣れていると言えば、剣の扱い位だ。
 自分のせいで機嫌を損ねている少女に、どう対応して良いものか困惑していた。

「……リカードはどうしてここに?」

「喉が渇いたから水を貰おうと思ったら、窓の外で変な動きをしている奴がいたから見に来たんだ」

 彼が彼女を見つけたのは全くの偶然だった。急に喉が渇いたと思い、水を貰いに廊下を歩いていたリカードがふと窓の外を見ると、不審な影を見つけた。
 不法侵入者だと勘違いした彼は、中庭に行く事にした。勿論、声を掛けるまでそれがロゼッタだと気付かなかったのだ。

「……」

「……」

 二人の間に流れる、気まずい沈黙。まだロゼッタの機嫌は若干悪い様だった。

「……ほら、構えてみろ」

 すると先にリカードが沈黙を破った。落ち着いた声音で、木製の剣を構える様に彼は促したのだ。
 え、とロゼッタは顔を上げた。その表情からは驚きが見え隠れしている。

「目冴えたから、少し位付き合ってやる。ほれ、練習すんだろ?」

 これはリカードなりの謝罪の気持ちだった。彼女が気にして特訓するならば、彼女の気が済むまで特訓に付き合うつもりである。

「う、うん……」

 まさかこんな展開になるとは思っていなかったロゼッタは、少し困惑しながらも木製の剣を構えた。
 午前はアルブレヒトやシリルが見守っていたので、割りと騒がしく練習をしていた。しかし、今は月明かりの下二人きり。中庭は二人だけの空間だった。

(って、何を意識してるのよ……別に相手はリカードだし)

 何を気にする必要があるの、と自分に言い聞かせて、特訓に集中しようと試みる。
 だがそこでリカードの手が伸び、ロゼッタの手を掴んだ。彼女よりも一回り以上は大きく、ごつごつとした手に、彼女に自分よりも大人で男性である事を自覚させた。そんな事を考えていると彼は思っていないだろうが。

「だから、持ち手が甘い。農機具じゃねぇんだから、もう少し手をずらせ。そう、そっち」

 リカードは大真面目な様だが、あまりの密着にロゼッタは固まっていた。辛うじて彼の指示通り動くが、それで頭の中はいっぱいいっぱいだった。
 剣の持ち方をやり直し、そっとロゼッタはリカードを見上げた。真面目な横顔が彼女の水色の瞳に映る。

(……いつもそうしてたら、少しは格好良いのに)

 心の中の呟きでも彼を誉めたくないロゼッタは、相手に聞こえていなくても皮肉を呟く。
 いや、本当は認めたくないのだ。彼を格好良いと思ってしまった事を。だが、確かに彼女の頬はいつもより赤みを帯びていた。勿論気温が原因などではない。しいて言うならば、感情の起伏が原因だった。

「次は振ってみろ」

 ロゼッタの考えている事など知らないリカードは、次の指示を飛ばす。
 暗くて良かった、とロゼッタは少しだけ安堵した。

「こ、こう?」

「肩に力が入り過ぎている。姿勢も悪いな」

 注文が多いが、それでも的確に悪い箇所を彼は指摘する。それからしばらく、リカードとロゼッタの一対一の指導は続くのだった。


   ***


「疲れた……」

 一通りしごかれたロゼッタはそう言うと、木製の剣を地面に放り出し、肩で息をしながら芝生の上に座り込んだ。数十分リカードが色々と教えてくれたが、彼は女だろうが容赦しない様である。
 ロゼッタが相手でも、教え方は厳しかった。彼なりのそれが真摯な姿勢なのだろうけれど。

「少しは良くなったんじゃないか?」

「そう?」

 それでも少しだけ褒めてくれた時は、ロゼッタも嬉しかった。
 口元が少しだけ笑っていた時には、自分でも驚いた程である。が、それを見たリカードにニヤニヤするな、と言われた時は怒って彼を叩いたりもした。



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