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「ど、どうしてこんな時間にいるの?」
ロゼッタは彼は既に部屋で寝ていると思っていた。勿論確認したわけではないが、夜も大分遅い。普通の人ならば寝ている時間だろう。
「それはこちらの台詞だ」
寝起きなのか、若干不機嫌な声音のリカード。頭を掻きながら、少々凄んだ様な表情でロゼッタを見下ろしていた。
少し怯んだロゼッタであったが、木製の剣をぎゅっと握り締めた。
「べ、別に良いでしょ。何でも」
リカードに下手と言われたのが悔しくて特訓をしていた、とは言い辛い。正直に言いたくない彼女はそっぽを向いた。
だが、それは彼の機嫌を更に損ねる結果となるしかないのだ。
「は? 普通こんな時間に出歩いてる阿呆がいるか。いくら離宮内でも何があるか分からないんだぞ、馬鹿め」
「な……!?」
阿呆と言った挙句、更には馬鹿とまで彼は言った。どこまで彼は自分を馬鹿にしたら済むのだろう、とロゼッタは腸が煮えくりかえる思いだった。
そして下唇を噛みしめ、ロゼッタはリカードに背中を向ける。
「……おい待て」
立ち去ろうとする彼女に、リカードは腕を掴む。
「離して。リカードには関係ないでしょ」
「それで、はいそうですか、って離せるか。お前に何かあったらどうする」
ちらりとロゼッタはリカードを見た。不覚にも、今の言葉に少しだけ心臓が早くなったのだ。きっと頬が少しだけ赤いに違いない、と彼女は思う。何故なら少し顔が熱いと思ったからだ。
暗くて助かったかもしれない。
「別に、お前が心配とかっていう話じゃないぞ。陛下が心配するからだ」
わざわざムカつく様な訂正を入れるのも、ある意味リカードらしい。
でも分かっていた。彼が心配しているのはロゼッタではなく、ロゼッタを心配する王の事。だが例え本当は違っていても、それでも先程の言葉は嬉しかった。
とりあえずロゼッタは落ち着いた様子。そっと彼は掴んでいた彼女の手を離した。
「で、こんな所で何をしていた? 出歩く時間じゃないぞ」
「……」
彼女は無言になった。落ち着いたものの、理由を言う気にはなれないのだ。特に相手はリカード。下手したらまた鼻で笑われるに決まっていた。
木製の剣を握り締めたまま、ロゼッタは口を固く閉ざしていた。
「それ、稽古用の剣だな」
流石に隠せる大きさではない為、すぐに彼に剣の事がバレてしまった。彼は何で持っている、と言いたげ表情でロゼッタを見ていた。
「……剣を持って、何してたんだ?」
先程まで低かった声音が、少しだけ和らいだ気がした。
ロゼッタが怖がっていると誤解したのか、少し困惑顔のリカードは優しく聞いてみようと試みたのだろう。彼女には気味が悪いとしか言いようがないが。
「別に、怒ってるわけじゃないぞ。不自然過ぎるだろう、こんな夜中に女が剣を持って出歩いてたら」
「……だって」
「?」
つい言いそうになって、口を開きかけたロゼッタ。急いで口を噤むが、リカードは続きを迫る様にじっと彼女を見ていた。
「……悔しかったんだもの。馬鹿にされて」
「は?」
眉間に皺を寄せ、何の話だと言いたげな表情をリカードは浮かべていた。
どうやら午前の事を忘れてしまったらしい。その事が、ロゼッタの怒りを買ったのだった。
「言ったじゃない!下手くそって!だから……見返そうと思って、特訓を……!」
気が付いた時には全て口から零れ出ていた。先程まで抑えていたのが、全て水の泡になった瞬間である。言ってしまった後に、少しだけ彼女は後悔した。
言ってしまった後、彼の反応が気になってロゼッタは恐る恐る目線を上げた。
驚いた様な表情をしたリカードの赤い瞳と、視線がぶつかる。
「……悪かった」
だが、意外にもリカードの口から漏れたのは謝罪の言葉。短いものの、心の底から言っている様であった。
あまりにも素直なリカードに、ロゼッタは大きく目を見開いた。
「え……?」
「だから、悪かった。そこまで気にするとは思わなかったんだ」
バツが悪そうにリカードは頭を掻く。申し訳なさそうな、それでいて困った様な表情で彼は視線をさ迷わせた。
「つい、訓練の時は口が悪くなるんだ」
「……口が悪いのはいつもじゃない」
「おい」
口を尖らせてぽつりと呟いた彼女の言葉は、聞こえていたらしい。話の腰を折るな、と彼は呟いた。
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