短篇 | ナノ
2

「ど、どうしてこんな時間にいるの?」

 ロゼッタは彼は既に部屋で寝ていると思っていた。勿論確認したわけではないが、夜も大分遅い。普通の人ならば寝ている時間だろう。

「それはこちらの台詞だ」

 寝起きなのか、若干不機嫌な声音のリカード。頭を掻きながら、少々凄んだ様な表情でロゼッタを見下ろしていた。
 少し怯んだロゼッタであったが、木製の剣をぎゅっと握り締めた。

「べ、別に良いでしょ。何でも」

 リカードに下手と言われたのが悔しくて特訓をしていた、とは言い辛い。正直に言いたくない彼女はそっぽを向いた。
 だが、それは彼の機嫌を更に損ねる結果となるしかないのだ。

「は? 普通こんな時間に出歩いてる阿呆がいるか。いくら離宮内でも何があるか分からないんだぞ、馬鹿め」

「な……!?」

 阿呆と言った挙句、更には馬鹿とまで彼は言った。どこまで彼は自分を馬鹿にしたら済むのだろう、とロゼッタは腸が煮えくりかえる思いだった。
 そして下唇を噛みしめ、ロゼッタはリカードに背中を向ける。

「……おい待て」

 立ち去ろうとする彼女に、リカードは腕を掴む。

「離して。リカードには関係ないでしょ」

「それで、はいそうですか、って離せるか。お前に何かあったらどうする」

 ちらりとロゼッタはリカードを見た。不覚にも、今の言葉に少しだけ心臓が早くなったのだ。きっと頬が少しだけ赤いに違いない、と彼女は思う。何故なら少し顔が熱いと思ったからだ。
 暗くて助かったかもしれない。

「別に、お前が心配とかっていう話じゃないぞ。陛下が心配するからだ」

 わざわざムカつく様な訂正を入れるのも、ある意味リカードらしい。
 でも分かっていた。彼が心配しているのはロゼッタではなく、ロゼッタを心配する王の事。だが例え本当は違っていても、それでも先程の言葉は嬉しかった。

 とりあえずロゼッタは落ち着いた様子。そっと彼は掴んでいた彼女の手を離した。

「で、こんな所で何をしていた? 出歩く時間じゃないぞ」

「……」

 彼女は無言になった。落ち着いたものの、理由を言う気にはなれないのだ。特に相手はリカード。下手したらまた鼻で笑われるに決まっていた。
 木製の剣を握り締めたまま、ロゼッタは口を固く閉ざしていた。

「それ、稽古用の剣だな」

 流石に隠せる大きさではない為、すぐに彼に剣の事がバレてしまった。彼は何で持っている、と言いたげ表情でロゼッタを見ていた。

「……剣を持って、何してたんだ?」

 先程まで低かった声音が、少しだけ和らいだ気がした。
 ロゼッタが怖がっていると誤解したのか、少し困惑顔のリカードは優しく聞いてみようと試みたのだろう。彼女には気味が悪いとしか言いようがないが。

「別に、怒ってるわけじゃないぞ。不自然過ぎるだろう、こんな夜中に女が剣を持って出歩いてたら」

「……だって」

「?」

 つい言いそうになって、口を開きかけたロゼッタ。急いで口を噤むが、リカードは続きを迫る様にじっと彼女を見ていた。

「……悔しかったんだもの。馬鹿にされて」

「は?」

 眉間に皺を寄せ、何の話だと言いたげな表情をリカードは浮かべていた。
 どうやら午前の事を忘れてしまったらしい。その事が、ロゼッタの怒りを買ったのだった。

「言ったじゃない!下手くそって!だから……見返そうと思って、特訓を……!」

 気が付いた時には全て口から零れ出ていた。先程まで抑えていたのが、全て水の泡になった瞬間である。言ってしまった後に、少しだけ彼女は後悔した。
 言ってしまった後、彼の反応が気になってロゼッタは恐る恐る目線を上げた。

 驚いた様な表情をしたリカードの赤い瞳と、視線がぶつかる。

「……悪かった」

 だが、意外にもリカードの口から漏れたのは謝罪の言葉。短いものの、心の底から言っている様であった。
 あまりにも素直なリカードに、ロゼッタは大きく目を見開いた。

「え……?」

「だから、悪かった。そこまで気にするとは思わなかったんだ」

 バツが悪そうにリカードは頭を掻く。申し訳なさそうな、それでいて困った様な表情で彼は視線をさ迷わせた。

「つい、訓練の時は口が悪くなるんだ」

「……口が悪いのはいつもじゃない」

「おい」

 口を尖らせてぽつりと呟いた彼女の言葉は、聞こえていたらしい。話の腰を折るな、と彼は呟いた。



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