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「お姉ちゃん、そろそろ僕教会に戻る」
「そう?私はもう少しここにいるから……」
もう少し時間を潰したいロゼッタは丘に残る事にした。隣に座るリーノには、アンセルと共に教会に戻る事を促す。
少しだけ渋ったリーノであったが、もう少ししたら戻るから、とロゼッタは彼女の頭を撫でた。
それに納得したのか、コクリとリーノは静かに頷くと、アンセルと共に丘を後にした。二人並んで歩く後姿に、少し微笑むとロゼッタはそのまま丘に仰向けに寝っ転がった。
「……どうして、お父さんは迎えに来ないの……?」
ようやく一人になれたせいか、ロゼッタは大きな独り言を呟いた。
この問いは多分何百回もしただろう。だが自問した所で自答は出来ないし、答えてくれる人物などいない。昔修道女の一人に何故父親が迎えに来てくれないのか尋ねたが、曖昧に笑って誤魔化すだけであった。
その時は、すぐに来るわよ、という言葉を信じたが、あれから十数年。もう信じる気もない。信じろと言われる方が無理だ。
じわり、と視界が滲んだ。
実の両親の事を思うと、やはり少しだけ泣けてくる。自分が親に捨てられたんじゃないかという気がして、悲しくなる。
ロゼッタは急いで服の裾で目を擦った。
周りには誰もいない筈だが、涙は見られたくない。泣けば相手が困るし、そもそもロゼッタには慰めてくれる相手などいない。いつからか、泣かないようにする事が習慣付いていた。
「 響け声よ、我はここで唄う
鮮やかな旋律、それは光
星詠の願い 」
気付けば、歌を口から紡いでいた。いつからか謳えるようになっていた唄。曲のタイトルも知らない、ロゼッタ自身も不思議に感じる唄であった。村の大人達に尋ねても、誰も知らないと言っていた。だが、ロゼッタは不思議と謳うと気分が良い。
自分を励ますように、ロゼッタはただ広い空に向かい音を風に乗せるのであった。
***
それは鬱蒼と茂る森の中にいた。
「……」
「どうしました、アルブレヒト?」
目の前を歩いていた少年が突如立ち止まり、青年は首を傾げた。
すると、少年は口元に指を立てて静かにする様に促す。最初は真意が見えなかった青年だが、ようやく意味に気付いた彼は急いで口をつぐみ、耳を澄ませた。
「 箱庭の中の歌姫
月奏の祈り
剣に秘めるは君への想い
微笑むあなたを守りたい
唄を謳いましょう 」
風に乗って聞こえてきたのは、穏やかな旋律。まだあどけなさは残るが、声音は大人の女性に近付いている、そんな年頃の少女の綺麗な声だった。
気付けば少年は聞き惚れそうになっていた。青年に話し掛けられ、ようやく少年は我に返る。
「……アルブレヒト、これは……」
返答の代わりに、アルブレヒトと呼ばれている少年は静かに頷いた。そして、僅かに嬉しげに目を細める。
「……歌になっているが、これは玲命の誓詞(アグラント)……」
「やはり、そうですよね……つまり、この唄の先にいるんですね」
「……玲命の誓詞(アグラント)は祝福を受けた《民》にしか紡げない」
淡々と言う少年に、青年は苦笑しながら肩を竦めた。彼にしては口数が多くなった、つまり表情では判りづらいが、喜んでいるのだ。この先に、探していた者がいるのだから。
やや妄信的過ぎる、と青年は心の中で呟いた。陶酔していると言っても過言ではないだろう。
「……シリル」
「何かありました?」
再び歩き出したと思ったら、すぐに青年は少年に呼ばれる。今度はどうしたのか、そう思いつつ少年を見やると彼は神妙な顔つきだった。
「……唄が止んだ」
「確かに」
先程まで聞こえていた美しい微かな旋律は、いつの間にか途絶えていた。少し残念な気もしたが、青年は唄が止んだ事はあまり気にも留めない。
「単に謳うのを止めただけでは……?」
「複数、馬の蹄の音がした」
彼の言葉に青年は眉をひそめた。少年は依然表情が読み取れないが、心配しているのが分かる。
「急ごう」
「そうですね。これが杞憂であれば良いのですが……」
そう言って、二人は歩くスピードを更に速め、未だ先の見えない森を進んでいくのだった。
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