アスペラル | ナノ
4


「お姉ちゃん、そろそろ僕教会に戻る」

「そう?私はもう少しここにいるから……」

 もう少し時間を潰したいロゼッタは丘に残る事にした。隣に座るリーノには、アンセルと共に教会に戻る事を促す。
 少しだけ渋ったリーノであったが、もう少ししたら戻るから、とロゼッタは彼女の頭を撫でた。

 それに納得したのか、コクリとリーノは静かに頷くと、アンセルと共に丘を後にした。二人並んで歩く後姿に、少し微笑むとロゼッタはそのまま丘に仰向けに寝っ転がった。


「……どうして、お父さんは迎えに来ないの……?」

 ようやく一人になれたせいか、ロゼッタは大きな独り言を呟いた。

 この問いは多分何百回もしただろう。だが自問した所で自答は出来ないし、答えてくれる人物などいない。昔修道女の一人に何故父親が迎えに来てくれないのか尋ねたが、曖昧に笑って誤魔化すだけであった。
 その時は、すぐに来るわよ、という言葉を信じたが、あれから十数年。もう信じる気もない。信じろと言われる方が無理だ。

 じわり、と視界が滲んだ。

 実の両親の事を思うと、やはり少しだけ泣けてくる。自分が親に捨てられたんじゃないかという気がして、悲しくなる。
 ロゼッタは急いで服の裾で目を擦った。

 周りには誰もいない筈だが、涙は見られたくない。泣けば相手が困るし、そもそもロゼッタには慰めてくれる相手などいない。いつからか、泣かないようにする事が習慣付いていた。

「 響け声よ、我はここで唄う
  鮮やかな旋律、それは光
  星詠の願い 」

 気付けば、歌を口から紡いでいた。いつからか謳えるようになっていた唄。曲のタイトルも知らない、ロゼッタ自身も不思議に感じる唄であった。村の大人達に尋ねても、誰も知らないと言っていた。だが、ロゼッタは不思議と謳うと気分が良い。
 自分を励ますように、ロゼッタはただ広い空に向かい音を風に乗せるのであった。


      ***


 それは鬱蒼と茂る森の中にいた。

「……」

「どうしました、アルブレヒト?」

 目の前を歩いていた少年が突如立ち止まり、青年は首を傾げた。
 すると、少年は口元に指を立てて静かにする様に促す。最初は真意が見えなかった青年だが、ようやく意味に気付いた彼は急いで口をつぐみ、耳を澄ませた。


「 箱庭の中の歌姫
  月奏の祈り
  剣に秘めるは君への想い
  微笑むあなたを守りたい
  唄を謳いましょう 」


 風に乗って聞こえてきたのは、穏やかな旋律。まだあどけなさは残るが、声音は大人の女性に近付いている、そんな年頃の少女の綺麗な声だった。
 気付けば少年は聞き惚れそうになっていた。青年に話し掛けられ、ようやく少年は我に返る。

「……アルブレヒト、これは……」

 返答の代わりに、アルブレヒトと呼ばれている少年は静かに頷いた。そして、僅かに嬉しげに目を細める。

「……歌になっているが、これは玲命の誓詞(アグラント)……」

「やはり、そうですよね……つまり、この唄の先にいるんですね」

「……玲命の誓詞(アグラント)は祝福を受けた《民》にしか紡げない」

 淡々と言う少年に、青年は苦笑しながら肩を竦めた。彼にしては口数が多くなった、つまり表情では判りづらいが、喜んでいるのだ。この先に、探していた者がいるのだから。
 やや妄信的過ぎる、と青年は心の中で呟いた。陶酔していると言っても過言ではないだろう。

「……シリル」

「何かありました?」

 再び歩き出したと思ったら、すぐに青年は少年に呼ばれる。今度はどうしたのか、そう思いつつ少年を見やると彼は神妙な顔つきだった。

「……唄が止んだ」

「確かに」

 先程まで聞こえていた美しい微かな旋律は、いつの間にか途絶えていた。少し残念な気もしたが、青年は唄が止んだ事はあまり気にも留めない。

「単に謳うのを止めただけでは……?」

「複数、馬の蹄の音がした」

 彼の言葉に青年は眉をひそめた。少年は依然表情が読み取れないが、心配しているのが分かる。

「急ごう」

「そうですね。これが杞憂であれば良いのですが……」

 そう言って、二人は歩くスピードを更に速め、未だ先の見えない森を進んでいくのだった。

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