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「あ、みんなは休まなくて大丈夫なの……?」
シリルの話を聞いていると、昨日の夜から彼らはずっと動いている事になる。離宮に着いたのも、数時間前の話だ。
ロゼッタを背負っていたのだから、尚更疲れているだろう。
「大丈夫です。私とリカードは徹夜には慣れてます。アルブレヒトは先程ちゃんと仮眠を取りましたし」
よく見ればアルブレヒトの座っている椅子の近くの違う椅子には、毛布が掛けてあった。どうやら本当に彼は寝ていたらしい。しかもここで。
シリルもリカードも慣れているのは本当そうだ。きっと仕事の関係だろう。二人は全く眠そうな素振りを見せない。
「……シリルさん、仕事忙しそうですね」
ちらりとシリルの手元をロゼッタは見た。書類が山を成して、彼を待っているのだ。
彼の本職が文官である事は彼女も知っている。心から大変そうな彼に彼女は感謝した。
仕事で忙しいというのに、こうして丁寧に説明してくれている。
「え? あ……大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
「というかシリル、押し付けられた仕事でもちゃんとやるから偉いな。つか、押し付けられたら突っ返せよ」
呆れた様に言うリカードに、シリルは苦笑するしかない。仕方ないです、と彼は呟いていた。
押し付けられた仕事もするとは、彼もかなりのお人好しだろう。それで笑っていられるのだから凄い。リカードなら、確かに素直に嫌と言って突っ返しそうだ。
ふと、ロゼッタはスープを飲みながら目線を横にずらした。先程からアルブレヒトが妙に静かである。
彼を見て、彼女は彼が静かな理由がすぐに分かった。
「あら、アル寝ちゃったわね」
まだ疲れているのだろう。座りながらいつの間にか静かに寝息を立てていた。そのまま倒れてしまいそうな危なっかしさもある。
だがこうして見ると、やはりアルブレヒトも少年だ。寝顔があどけなく、可愛らしい。
「眠らせておいてやれ。慣れない野宿とかで、アルも疲れていたんだ。後から部屋にでも運んでやるか……」
「そうね、わざわざ起こすのも可哀想よね」
眠らせておいてやる事については勿論賛成だ。彼が道中一生懸命だった事はロゼッタも知っているのだから。
しかしロゼッタには冷たいリカードだが、アルブレヒトには何だか優しい。
「シリルさん、リカードってアルには優しいわよね?これって差別?」
「は? 何でそうなるんだ……」
「そんな事ないですよ、ロゼッタ様。割りとリカードはロゼッタ様にも優しいですよ?」
分かりづらいですけどね、とシリルは付け足した。その口元はクスクスと笑っている。
「え?」
ロゼッタの動きが止まる。
とりあえず、今までのリカードとの会話で何故そうなるのかが分からない。シリルもよく見ていた筈だ、二人の口論を。
「そんな事ないですよシリルさん。さっきは人を珍獣扱いしたし」
思い出してみても、彼に優しくして貰った事など一回位だ。それもさっき、上着を貸して貰っただけ。
「そうですか? ロゼッタ様が寝ている間、リカード何度も様子を見に行っていたみたいですけど……」
「なっ……シリルそれは言わんでいい!というか何で知って……?!」
ロゼッタが驚きの声を上げるより先に、リカードから叫び声の様な声が出される。あまりに彼らしくない行動に、彼女は目を丸くしていた。
こんなに大声を出されては、横で寝ているアルブレヒトが起きてしまいそうだ。
「軍師が言ってましたよ。リカードが何度か部屋を訪ねて、ロゼッタ様の様子を確かめていた、と」
「あいつ……!余計な事ばかり!」
「そういえば……」
ロゼッタが起きて離宮の廊下をさ迷っていた時、彼女を発見したのもリカードだ。
最初はどこかへ向かっていた様であったが、もしかしたらあの時もロゼッタが寝ていた部屋へ向かっていたのかもしれない。
「もしかして、廊下で会った時も部屋に様子を見に来るつもりだったの……?」
「……っ……!」
ロゼッタの言葉に、リカードの眉間に皺が寄った。怒っているというより、ばつが悪そうである。
つまり、ロゼッタの予想は当たっているのだ。
「……別に、違う。あれは偶然だ。偶然あそこを通りかかっただけだ。シリルも勝手に変な事を言うな」
「そうなんですか? ロゼッタ様に上着まで貸していますし……」
ちらりと横目でロゼッタの肩にかかった軍服を見て、シリルは不思議そうに呟く。
「これはこいつが貸せと言ったからだ……!俺が自発的に貸したわけじゃない!」
「え、でも珍しいじゃないですか。普段軍服を他人に着せないでしょう」
「だから……違っ……!」
既に二人の会話にロゼッタはついて行けなくなっていた。とりあえずシリルが涼しげにも関わらず、リカードは余裕が無さそうであった。
するとリカードはその場に立ち上がった。
「別に……俺はまだこいつが王位継承するのを認めたわけじゃないからな……!仕事に戻る!」
それだけ言うと、リカードはさっさと広間を出ていってしまった。
ロゼッタはただ呆然とリカードが消えた扉を見つめ、シリルは微笑んでいた。
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