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リカードに扉を開けられ、ロゼッタが部屋を覗くと、そこは非常に広い部屋だった。
壁と床はロゼッタが目覚めた部屋と同様、白に統一されていて、清潔感がある。室内には数本の太い柱があり、高い天井を支えていた。
部屋の中央には長方形の長いテーブル。椅子が等間隔で置かれ、向き合う様な形になっている。白いテーブルクロスは新品同様に真っ白だ。
更に奥には広いテラス。小さな椅子とテーブルがひっそりと置かれている。
「ここは……?」
「広間だ。大抵ここに誰かいる。さっきまでシリルやアルも……あぁ、まだいたな」
室内を見渡し、リカードは部屋の一角を指差した。
そこには忙しそうに書類にペンを走らせるシリルと、それを眺めているアルブレヒトがいた。
「おい……こいつ起きたぞ」
リカードに声を掛けられ、弾かれる様に二人はすぐさま立ち上がった。
そしてロゼッタの元へ駆け寄ってくる。特にアルブレヒトのそんな姿を見て、まるで犬だな、とリカードは呟いた。
「ロゼッタ様、大丈夫?痛い所ある?」
「大丈夫、痛い所はないわ」
「うむ。良かった」
眠っていた主人の帰りを心の底から喜んでいる様だ。微妙な表情の変化がロゼッタにも判った。
「お早うございます、ロゼッタ様。気分の方はどうです?」
「平気よ。具合悪くないわ。すっごくフカフカのベッドで久々に寝たから、逆にすっきりしてるくらい」
ロゼッタの返事を聞いたシリルは、良かった、と微笑んだ。仕事が忙しそうなのにも関わらず、自分の身を心配してくれる彼には、ロゼッタも申し訳ない気持ちになった。
すると彼は何かを思い出した様に口を開いた。
「ロゼッタ様が寝ている間に、医者に診て頂きました。魔術を初めて使った疲労が原因の様です」
「そんな、医者は大袈裟ですよ……」
村に住んでいた頃は医者に診て貰う事など殆んど無かった。お金がないというのが大きな理由だ。風邪を引いても、大抵は寝て治すのがロゼッタのやり方だった。
少し疲労で倒れた位で医者に診て貰うのは、ロゼッタには少々大袈裟の様な気もした。
「そんな事はありませんよ。ロゼッタ様に何かあっては、陛下が悲しみますから」
「え、えぇ……」
彼に真顔で返され、ロゼッタは何と言ったら良いか分からず、気後れした様な返事をしてしまった。ここまで真剣に言われる事など滅多にないからだろう。
「さて、ロゼッタ様お腹は空いてしませんか?」
「あ、そういえば……」
どれ位寝ていたのか分からないが、とにかく二、三時間というレベルではないだろう。余程寝ていたのか、シリルに言われて自分の胃が空っぽである事にようやく彼女は気付いた。
そして、更に空腹を訴える音が彼女の腹部から聞こえてきた。それも盛大に鳴り、見事に周りにいた三人にも聞こえている。
「どうやら、お腹減ってる様ですね。何か用意して貰ってきますね」
「す、すみません……」
恥ずかしさで彼女は頬を紅く染めた。何だかシリルには格好悪い姿をよく見られている気がしてならない。
シリルが苦笑してるのを見て、更に羞恥心が高まった。
「食事しながら、これからの事や昨日の事について話しましょう」
それからすぐにシリルは食事の手配をしてくれた。時刻はお昼を少し過ぎた頃だった為、三人は既に食事を済ませていたらしい。
四人は席に着き、ロゼッタだけその場で食事をしながら話を聞くという形になった。
出てきた温かいスープをスプーンで掬い、口へそっと流し込んだ。舌が火傷しそうな程熱いが、スープの中に入っている豆の独特の甘みが口に広がった。
「順を追って説明しますね」
「……ふぁい」
手で千切って口に入れたパンの欠片を咀嚼しながら、ロゼッタは頷いた。口がもごもご言っていて、少々言葉が聞き辛い。
そんな彼女の姿を見て、リカードは「意地汚い」と呟いた。彼の呟きは当然彼女にも聞こえており、言葉無く彼女はテーブルの下でリカードの脛を蹴り上げていた。
「……ロゼッタ様が倒れたのは昨日の夜です。あれから半日と少ししか経っていません」
「結構早く着いたんですね」
予定では、次の日の朝に発っても昼過ぎの到着だった筈だ。今の時刻を考えても少し計算がずれている。
「結局昨夜は野宿をせずに森を歩きました。ロゼッタ様が倒れたのですから、至急離宮に運ぼうと思いまして」
「ごめんなさい、私のせいで……」
彼らを急がせたのは自分が倒れたせいだからだ、と彼女は心の中で呟いた。それは彼らにとっても迷惑を掛けただろう。それに、夜の森を歩いたのだから危険も伴った筈だ。
「ロゼッタ様、大丈夫。何事も無かった。心配いらない」
彼なりにフォローを入れようと思ったのか、黙って聞いていたアルブレヒトが言葉を発した。だが、これだけでもロゼッタには救いだった。
彼は素直だ。何事も無かったと言うのなら、本当に何も無かったに違いない。
「それでどうにかお昼前には着いて、今に至ります。リカードとアルが交代しながらここまで運んでくれたんですよ」
「そう……ありがとうアル、それにリカードも」
そういえば先程リカードも言っていた様な気がする。ここまで運んできてくれたのだと。ずっと長い道のりを運んでくれたのなら、重荷になっていたに違いない。
「うむ、ロゼッタ様守るのは当然の事」
「……」
ロゼッタのお礼に対し、アルブレヒトはお礼を言われる程の事ではないと言う。そしてリカードは、特にリアクションを返さなかった。
だが、リカードが聞いているのは分かっていたので、彼女は無理に返事を要求するのは止めた。
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