アスペラル | ナノ
7


 しかし、未だロゼッタは寒かった。

 薄着なので当然なのだが、寒いと言った所で改善はされていない。横のリカードは全くこちらに見向きもせず、何も気遣ってくれないからだ。
 ふと、彼を見上げる。黙々と歩いているが、彼は至って平気そうだ。

 それもその筈、彼は丈夫そうな厚手の生地で出来た軍服を着ているのだから。寒いと感じる事はないだろう。

「……上着、貸してくれたりしないの?」

「何でお前に貸す必要がある」

「横で女の子が寒いって困ってるのに、騎士は上着の一つも貸してくれないの?」

 彼の役職である騎士をあえて強調し、トゲのある言い方で彼を挑発した。
 昔ロゼッタが教会の絵本で見た騎士は、優しく勇敢で頼もしげだった。そしてその優しさでか弱い者を助けてくれるのだ。

 リカードに優しさがあるのかは甚だ疑問だったが、騎士の部分を強調すれば、彼は何かリアクションを取ると彼女は考えての事だった。

「……騎士の仕事は剣で戦い、王を守る事だ。そして国に忠誠を誓う。俺の職務に上着を貸すというのは無い」

 仏頂面でそう言いつつ、リカードは上着の前の部分のボタンと金具を外し始める。ガチャガチャと金属音と共に、開け放たれていった。
 そして金具とボタンを全て外し終えると、上着を脱いで乱暴にロゼッタに乗せた。全く被せるという感じではない。

 軍服を頭の上に適当に乗せられたせいで、彼女の視界は一気に真っ暗になった。とりあえず彼の微妙な優しさに甘え、彼女は彼の上着に腕を通す事にした。
 当たり前だが、上着は大きい上に妙に重かった。

「……貸してくれるとは思わなかったわ。言動と行動が矛盾してるわよ」

「煩い、貸せと言ったのはお前だろ。汚すなよ。もし汚したら洗え」

「分かってるわ。洗濯は得意だもの、任せて」

 すると余程ロゼッタの言葉に驚いたのか、彼は目を丸くしていた。彼の態度に何か文句でもあるの、とロゼッタはつい喧嘩腰で問う。

「洗濯出来るのか……?」

「失礼ね、出来るわよ。これでも村の教会にいた頃は、毎日シスターの手伝いをしてたのよ。料理も掃除も洗濯も人並みに出来るわ」

 これは事実だ。ロゼッタは村にいた頃、シスターに基本的な家事は殆んど教えられている。
 何も無い村には特にする事もなく、家事の一部は彼女の仕事になっていた。

 教会の幼い姉弟達もよく手伝ってくれた事は、彼女もよく覚えている。彼女はその頃を思い出し、目を細めて懐かしんだ。
 たった二週間程前の事の筈なのに、遠い昔の事の様である。帰りたいと願っても、きっと叶う事はない。

「……まさか、得意だと言われるとは思っていなかった。洗濯なんて出来ないって言うと思ってたからな」

「家事出来なさそうに見える?」

 ロゼッタが彼を見上げると、僅かに眉間に皺寄せていた。だが、別に怒っているわけではない。眉間に皺を寄せるのは、彼の一種の癖だった。

「いや……王族になるから、家事なんてしたくないと我儘を言うと思っていたからだ」

 リカードは溜息混じりに呟いた。
 王族となれば多くの使用人が仕える。家事だけでなく身仕度から食事の用意まで、何だってして貰える。だから家事をしなくなると思ったのだ。

「一つ言っておくけど、私は王族になりたくて来たわけじゃないわ。お父さんに会いたかった、それだけよ。する必要があるならちゃんと家事はこなすし、何なら働くわ」

「……これはこれで、珍しい女だな」

「人を小馬鹿にしてると思ったら、今度は珍獣扱い?」

 今日何度目かも分からない「失礼ね」と、ロゼッタは呟いた。リカードを相手にしていたら、口癖の様になってしまった。

「違う、そういう意味ではない」

「じゃあ、どういう意味?」

 リカードの言う事は大抵ロゼッタの逆鱗に触れる事。それを分かり切っているロゼッタは喧嘩腰で彼を見上げている。
 若干、彼女の語調が強めになっていた。だが返ってきたのは苦言でも嫌味でもない。意外な言葉だった。

「……これでも誉めている」

「大した誉め言葉ね」

「誉めるのは苦手なんだ」

「小馬鹿にするのは得意だから?」

「……それは関係ない」

 淡々と言葉を交わす二人だが、今は初対面の頃のピリピリした空気はない。少しだけこの同等な立場の会話を楽しんでいる様にも見える。
 仲が良いとは決して言えない。しかし、多少なりとも互いに認める様になったのである。

「……ここだ」

 廊下の端に着き、リカードはとある扉の前で立ち止まった。レリーフの装飾が施されている扉は高く、重厚そうに見えた。
 彼女は扉を見上げていたが、リカードの手は扉のノブにかかる。

 扉はリカードの手によってゆっくり開けられたのだった。


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