アスペラル | ナノ
5


 まるで、嵐の様な男だった。

 突然現われたかと思えばロゼッタに痴漢行為を働き、嵐の様にさっさと去っていった。
 しばらく呆然とその場に立っていたロゼッタだったが、次第に彼の行為を思い出しては怒りが込み上げていった。布越しとはいえ、彼は身体を触り、口からは痴漢紛いの言動を発している。

「さっさと平手打ちをお見舞いしてあげれば良かったわ……!」

 あの時は何が何だか分からずパニックになってしまい、上手く行動が出来なかった。今思えば、得意の平手打ちでもして返り討ちにすれば良かった、とロゼッタは思っている。

(でも……つい、顔が綺麗、というか……普通に格好良いから怯んじゃったのよね……)

 振り向いて彼の顔を見た瞬間、ロゼッタはその容姿に驚いて怯んだというのもある。
 先程の男は確かに整った容姿をしていた。男性なのに髪はサラサラとしていて太陽の様な金髪。鼻筋は高く、唇は薄い。そして一番特徴的だったのは綺麗なオッドアイ。

 村を出た事のないロゼッタには、あんな男性見た事がない。
 が、今ではあんな男に見惚れてしまった自分に後悔していた。

「……おい、どうした」

「え?」

 後悔や恥じで悶々としていたロゼッタだったが、突然後ろから声を掛けられる。
 このパターンに既視感を感じつつ、彼女は身構えながら振り向いた。

 しかし、妙にこの声には聞き覚えがある。

 恐る恐る見上げると、黒い髪に赤い瞳、そして眉間に寄せられた皺。それらが目に入った。

「……リカード!」

「あぁ、ようやく起きたのか……」

 ようやく知り合いに出会えた事に、ロゼッタは安心感を得た。相変わらずリカードは仏頂面で機嫌が悪そうだが、この際彼女にはどうでも良い。
 とにかく知り合いに出会えた事は、不安を打ち消せる程嬉しい事だった。

「女の叫び声が聞こえるから来てみたものの……迷惑を考えろ」

 彼女に対する物言いも相変わらずの様だ。普段ならここで彼女は怒るだろうが、今回はそんな気になれそうにもなかった。

「だ、だって、変態が……!」

「は?変態?」

 ロゼッタの言葉にリカードは訝しげに眉を寄せた。

「いたの!変態が!痴漢なの!」

「……もう少し落ち着いて、順序だてて説明しろ。それで解るか」

「そ、そうね……」

 リカードの言葉に、ようやく彼女は落ち着きを取り戻していった。つい変態を見た衝撃と、知り合いに会えた嬉しさが彼女を取り乱させていた様だ。

 そしてロゼッタは一連の出来事を、出来るだけ分かりやすくリカードに説明した。
 目覚めたら誰もいなかった事、廊下をさ迷った事、そしてその途中で変な男に出会い行動や言動の痴漢を受けた事。

 リカードは珍しく彼女の言葉を大人しく聞いていた。

「それ、どんな男だった?」

 ロゼッタの話を聞き終えたリカードは、直後に溜息混じりに尋ねてきた。

「……金髪で、片目が金色で、もう片方が翡翠みたいな色だったわ。身長は……多分リカード位」

「……」

「リカード……?」

「……とりあえず、今までの出来事は忘れろ。あの変態には……会えたら言っとく」

 目を逸らしながら、苦々しく彼は言う。どうやら彼は知り合いらしい。

「知り合いなの?」

「……ある程度な」

「あんなの、野放しにして良いの?」

 この国の騎士団の団長をリカードは務めている。本来ならばああいう犯罪者じみた男を捕らえるのも、彼の仕事の筈だ。

「捕まえられるなら、とっくに捕まえている……」

 だが、彼はうんざりした様にそう言うだけで、出来ないと断言した。
 むしろ出来なくて困っている、と彼は愚痴を零す。ロゼッタを目の前にして珍しい事だ。

「何でよ?リカードは騎士団団長なんでしょ?まさか……あれが馬鹿王子って呼ばれてる弟、とかじゃないわよね?」

「んなわけあるか。あれが王子だったら、俺は国の為に迷わず斬首台に連れていってる」

 あまりに物騒な事を言うリカードに若干危険だと思いつつも、彼にそこまで言わせるのだからあの男も相当な奴に違いない、とロゼッタは思った。
 ふと、視線を感じロゼッタは目線を上げる。リカードが仏頂面でこちらを見ていた。

「……何?」

「随分とあいつを気にする様だが……何かされたか?」

「さっさも言ったでしょ!さ、触られたり……耳元で変な事言われたりしたの!」

「触られたりって……大して触る様なとこないだろ」

 可哀想なものを見る目、もしくは憐れむ様な瞳でリカードはロゼッタを見下ろしている。彼の目線が彼女の体型に行っているのは、彼女さえ気付いた。
 流石にそれはロゼッタでもカチンと来る。あまり豊満とは言えないが、少なくとも標準サイズのつもりだ。リカードに憐れんだ瞳で見られる筋合いはない。

「失礼ね!これでも標準よ!」

「あっそう」

「村の女の子と比べても、普通だったんだから!」

「んな事、聞いてない。というか、普通を連呼して悲しくないのか?」

「うるさいわね!」

 連呼させる様な状況にしたのは確実にリカードだ。彼女とて好きで普通を連呼しているわけではない。
 ふぅ、と彼は溜息を吐いた。そして来た道を引き返すのか、踵を返した。

「あ、ちょっと!」

「……早く来い。アルとシリルの所へ連れていってやる」

 置いていかれると思ったが、どうやら親切にも二人の元へ連れていってくれるらしい。仏頂面のせいか、本気で置いていかれるとロゼッタは思っていた。

 彼に聞きたい事もとりあえず一杯ある。

 ロゼッタは先に進んだリカードの元へ駆け寄っていった。


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