アスペラル | ナノ
4


 そこにいたのはサラサラの美しい金髪をした男性。リカード並みか、それ以上の長身である。
 前髪の隙間から見える右目は髪と同じ金色をしているが、左目は透き通る様な翠色をしていた。胸元がはだけたシャツからは鎖骨が覗き、爽やかなのに妙に色気があった。

「こんにちは」

 にっこりと笑いながら彼は挨拶をしてくる。
 だが、ロゼッタにそんな余裕は無かった。適当に返事を返し、どうしたら良いのか考えながら一歩後ろへ下がる。

(……後ろにいたの、全然気付かなかった)

 声を掛けられるまで、微塵も気配を感じる事はなかった。そんな状況下では、正直彼を疑わざるをえない。
 とにかくロゼッタには油断は出来ない状況であった。

 だが、目の前の男はロゼッタとの間を詰める様に一歩進んだ。また彼女が一歩下がると、彼もまた一歩進む。その距離は縮む事がない。

「何?お嬢さんは何をしてるの?」

「べ、別に、何でも良いじゃない……」

 焦りと不安で、自然と言葉の端が震えてしまった。そう、ロゼッタは正体不明の彼に僅かな不安を抱いていた。
 まだ味方とも敵とも分からぬ様な相手に、安心する事は出来なかったからだ。

 それからもう一つ、不安に思う要素はあった。
 この目の前にいる金髪の男は笑っている。だが、口元は笑っているが目が笑っていないのだ。

 まるで彼の瞳はロゼッタを品定めしているかの様であった。

「へー、何でもないんだ……?」

「そ、そうよ……」

 すると男の右手が伸び、慣れた手つきでロゼッタの腰に手を回した。

「なっ……?!」

 更に左手も伸び、彼の左手は彼女の顎に優しく触れる。どれも慣れているのか、自然な動作で、ロゼッタに抵抗する暇を与えなかった。

「あいつに十七って聞いてたけど、なかなか……俺的にはもう少し肉付きが良い方が好みかなぁ」

「な、何よいきなり……!」

「何って……尻と乳の話?」

 こうも堂々と痴漢行為をされたのは初めてだ。しかも、真顔でそんな言葉を返されるとは思ってもいなかった。
 固まったロゼッタを余所に、男はクスクスと笑いながら話を続ける。勿論、手はそのままで。

「いや、まぁ、これでも充分俺はオッケーだけどね」

「私はオッケーじゃないわよ!離しなさい!」

「えー」

 必死の剣幕でロゼッタは叫ぶが、そんな事物ともせず男は笑っている。
 勿論、ロゼッタとて抵抗はしようとしている。両手一杯に力を込め彼を押し退け様としているが、相手の方が力は上だった。全くびくともしない。

「でも、こんなに育ってくれて嬉しいね。見守ってた甲斐がある……」

「? ……私の事、知ってるの?」

 彼の言葉からは、ロゼッタを昔から知っている事が窺い知れる様な、意味深長な雰囲気を放っていた。
 だが、いくら考えても彼女は彼など知らない。特にこんな痴漢行為をしてくる様な男は。

「それは内緒」

 まるで、語尾にハートマークが付きそうな程であった。男はにっこり笑って彼女の問いに答える事はない。
 そして考えを巡らせたロゼッタは、とある一つの結論へと辿り着いた。

「……もしかして、お父さんとか……?」

「まさか」

 男はそう答えるとクックッと喉を鳴らした。どうやら本当に笑っている様で、先程の胡散臭い笑みとは随分と印象が違った。左手で口元を押さえ、未だ彼は笑っている。

「俺、お嬢さんみたいな大きな子供いそうな年齢に見える?」

「……見えないわね」

 目の前の男はどう見ても二十代。ロゼッタと十歳前後の差はあるだろうが、到底親子程離れていないだろう。
 冷静に考えれば分かる事だったが、つい混乱してロゼッタは変な事を口走っていた様であった。

 恥ずかしさにロゼッタは僅かに頬を紅潮させた。

「まぁ、小さい子供の一人位いても可笑しくはない年齢だけど……」

「だけど?」

 妙なところで男は言葉を区切った。
 すると彼はにっこりと笑い、ロゼッタの耳元でこそっと耳打ちした。

「子作りは好きでも、子供は好きじゃないから」

「なっ……!?」

 頭の中でその言葉が反芻され、数秒後にようやくその意味が彼女は理解出来た。僅かに赤かった頬も、今では顔全体と耳が真っ赤になっている。
 素直な彼女の反応に、男はお腹を押さえてクスクスと面白がっていた。

「最っ低……!!変態!!」

「あっははは、良いねその罵声」

 ロゼッタの言葉を気にする事もなく笑っている男。ようやくここで、絡まれてはいけない人に絡まれたのだと自覚した。
 逃げたい気持ちはある。だが、未だ腰には手を添えられていて、逃げようにも逃げられない。

「本当に何なのあんた……?!」

「俺の事、知りたいの?仲良くなりたい?」

「そんなわけないでしょ!」

「そんなはっきり言われると、傷付くなー」

 本当はそんな事、微塵も思ってはいない筈だ。ただ彼は、ロゼッタをからかって遊んでいるのだから。表情からそれが読み取れる。

「俺はなりたいけどね、仲良く」

 にっこり笑って、腰に添えられていた右手が背筋をそっと撫でた。それには流石にロゼッタも驚かざるをえない。
 ある意味、彼女は身の危険を感じた。

「はーなーせー!!」

「そう?」

 今度は全力で叫んだロゼッタ。すると、先程とは打って変わって男はパッと手を離した。
 とりあえず解放された事に安心したロゼッタではあるが、そのまま三歩後退った。

「さーて、議会が有能な俺を呼んでるから行かなきゃー。そろそろ、コワーイお兄さん来そうだし」

「ちょ、ちょっと……!」

「じゃあね、ロゼッタお嬢さん。今度からそんな格好で出歩いちゃ、ダメだよー。俺みたいな人に襲われちゃうから。まぁ、俺だったらいつでもお相手するけど」

「え?私の名前、何で……」

 彼の言動に憤慨するよりも先に、ロゼッタは妙な違和感に気付いた。
 さっきまでは「お嬢さん」と彼は呼んでいた筈。だが、今ははっきりとロゼッタの名前を呼んだ。つまり、彼女を知っているのだろうか。

 しかし、問い詰める暇もなく彼は廊下の先へと姿を消してしまった。彼女には既に追い掛ける気力はない。

 ロゼッタは呆然とその場に立ち尽くしたのだった。


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