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そこにいたのはサラサラの美しい金髪をした男性。リカード並みか、それ以上の長身である。
前髪の隙間から見える右目は髪と同じ金色をしているが、左目は透き通る様な翠色をしていた。胸元がはだけたシャツからは鎖骨が覗き、爽やかなのに妙に色気があった。
「こんにちは」
にっこりと笑いながら彼は挨拶をしてくる。
だが、ロゼッタにそんな余裕は無かった。適当に返事を返し、どうしたら良いのか考えながら一歩後ろへ下がる。
(……後ろにいたの、全然気付かなかった)
声を掛けられるまで、微塵も気配を感じる事はなかった。そんな状況下では、正直彼を疑わざるをえない。
とにかくロゼッタには油断は出来ない状況であった。
だが、目の前の男はロゼッタとの間を詰める様に一歩進んだ。また彼女が一歩下がると、彼もまた一歩進む。その距離は縮む事がない。
「何?お嬢さんは何をしてるの?」
「べ、別に、何でも良いじゃない……」
焦りと不安で、自然と言葉の端が震えてしまった。そう、ロゼッタは正体不明の彼に僅かな不安を抱いていた。
まだ味方とも敵とも分からぬ様な相手に、安心する事は出来なかったからだ。
それからもう一つ、不安に思う要素はあった。
この目の前にいる金髪の男は笑っている。だが、口元は笑っているが目が笑っていないのだ。
まるで彼の瞳はロゼッタを品定めしているかの様であった。
「へー、何でもないんだ……?」
「そ、そうよ……」
すると男の右手が伸び、慣れた手つきでロゼッタの腰に手を回した。
「なっ……?!」
更に左手も伸び、彼の左手は彼女の顎に優しく触れる。どれも慣れているのか、自然な動作で、ロゼッタに抵抗する暇を与えなかった。
「あいつに十七って聞いてたけど、なかなか……俺的にはもう少し肉付きが良い方が好みかなぁ」
「な、何よいきなり……!」
「何って……尻と乳の話?」
こうも堂々と痴漢行為をされたのは初めてだ。しかも、真顔でそんな言葉を返されるとは思ってもいなかった。
固まったロゼッタを余所に、男はクスクスと笑いながら話を続ける。勿論、手はそのままで。
「いや、まぁ、これでも充分俺はオッケーだけどね」
「私はオッケーじゃないわよ!離しなさい!」
「えー」
必死の剣幕でロゼッタは叫ぶが、そんな事物ともせず男は笑っている。
勿論、ロゼッタとて抵抗はしようとしている。両手一杯に力を込め彼を押し退け様としているが、相手の方が力は上だった。全くびくともしない。
「でも、こんなに育ってくれて嬉しいね。見守ってた甲斐がある……」
「? ……私の事、知ってるの?」
彼の言葉からは、ロゼッタを昔から知っている事が窺い知れる様な、意味深長な雰囲気を放っていた。
だが、いくら考えても彼女は彼など知らない。特にこんな痴漢行為をしてくる様な男は。
「それは内緒」
まるで、語尾にハートマークが付きそうな程であった。男はにっこり笑って彼女の問いに答える事はない。
そして考えを巡らせたロゼッタは、とある一つの結論へと辿り着いた。
「……もしかして、お父さんとか……?」
「まさか」
男はそう答えるとクックッと喉を鳴らした。どうやら本当に笑っている様で、先程の胡散臭い笑みとは随分と印象が違った。左手で口元を押さえ、未だ彼は笑っている。
「俺、お嬢さんみたいな大きな子供いそうな年齢に見える?」
「……見えないわね」
目の前の男はどう見ても二十代。ロゼッタと十歳前後の差はあるだろうが、到底親子程離れていないだろう。
冷静に考えれば分かる事だったが、つい混乱してロゼッタは変な事を口走っていた様であった。
恥ずかしさにロゼッタは僅かに頬を紅潮させた。
「まぁ、小さい子供の一人位いても可笑しくはない年齢だけど……」
「だけど?」
妙なところで男は言葉を区切った。
すると彼はにっこりと笑い、ロゼッタの耳元でこそっと耳打ちした。
「子作りは好きでも、子供は好きじゃないから」
「なっ……!?」
頭の中でその言葉が反芻され、数秒後にようやくその意味が彼女は理解出来た。僅かに赤かった頬も、今では顔全体と耳が真っ赤になっている。
素直な彼女の反応に、男はお腹を押さえてクスクスと面白がっていた。
「最っ低……!!変態!!」
「あっははは、良いねその罵声」
ロゼッタの言葉を気にする事もなく笑っている男。ようやくここで、絡まれてはいけない人に絡まれたのだと自覚した。
逃げたい気持ちはある。だが、未だ腰には手を添えられていて、逃げようにも逃げられない。
「本当に何なのあんた……?!」
「俺の事、知りたいの?仲良くなりたい?」
「そんなわけないでしょ!」
「そんなはっきり言われると、傷付くなー」
本当はそんな事、微塵も思ってはいない筈だ。ただ彼は、ロゼッタをからかって遊んでいるのだから。表情からそれが読み取れる。
「俺はなりたいけどね、仲良く」
にっこり笑って、腰に添えられていた右手が背筋をそっと撫でた。それには流石にロゼッタも驚かざるをえない。
ある意味、彼女は身の危険を感じた。
「はーなーせー!!」
「そう?」
今度は全力で叫んだロゼッタ。すると、先程とは打って変わって男はパッと手を離した。
とりあえず解放された事に安心したロゼッタではあるが、そのまま三歩後退った。
「さーて、議会が有能な俺を呼んでるから行かなきゃー。そろそろ、コワーイお兄さん来そうだし」
「ちょ、ちょっと……!」
「じゃあね、ロゼッタお嬢さん。今度からそんな格好で出歩いちゃ、ダメだよー。俺みたいな人に襲われちゃうから。まぁ、俺だったらいつでもお相手するけど」
「え?私の名前、何で……」
彼の言動に憤慨するよりも先に、ロゼッタは妙な違和感に気付いた。
さっきまでは「お嬢さん」と彼は呼んでいた筈。だが、今ははっきりとロゼッタの名前を呼んだ。つまり、彼女を知っているのだろうか。
しかし、問い詰める暇もなく彼は廊下の先へと姿を消してしまった。彼女には既に追い掛ける気力はない。
ロゼッタは呆然とその場に立ち尽くしたのだった。
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