14
響く金属音と怒鳴る様な声、そして地面を蹴り上げる靴の音。
鼻腔を付く鉄の匂いと、舞う砂埃。
それは生易しい争いではなかった。きっと少なくとも生死が関わってくる。一瞬の油断が命を摘む、そうロゼッタは感じた。
彼女は何かをしなければいけないと思いつつ、動く事が出来なかった。自分のすべき事が分からなかったのだ。
(……こわい……)
今まで争いに巻き込まれた時は二回ある。アルセルの騎士に襲われアルブレヒトに助けられた時、カシーシルの町でルデルト家の者に襲われた時。どちらも彼女は怖い思いをしている。
だが、今も怖いという感情がロゼッタの心に根付いていた。
こちらはアルブレヒトとリカードの二人に対し、あちらは十数人もいる。数では圧倒的に不利。なのにロゼッタは何も出来ずにいる。
(……私に、出来る事は……)
剣を持って戦うという事はロゼッタには出来ない。だが、考えてみると一つだけ考えはあった。それはシリルに教わった魔術を使ってみるというものだった。
魔術を上手く使えるかは分からない。もしかしたら失敗する可能性もある。
ロゼッタは自分の手の平を見た。既に汗で湿って熱いのか寒いのか感じられなくなっていた。
(でも、自分のせいで誰かが傷付くのは嫌だから、ここまで来たのよ……私が何もしないんじゃ、何も変わりっこないわ……)
ロゼッタは恐る恐る手を前に出した。確かシリルはこうしていた、と記憶を手繰り寄せる。
ふと、前にアルブレヒトが言っていた事を自然と彼女は思い出した。魔術は精霊が力を貸して成り立つという事を。
(……お願い、精霊さん……力を貸して……!)
それを強く願い、彼女は緊張で乾いた唇をそっと開いた。
「 我掲げる鮮烈
纏うは始原の一 」
先程アルブレヒトに指摘されたところも、何とか言えた。既にこの時点でロゼッタの心臓はバクバクと激しい動きを見せていた。
「 我の言の葉に従い応えよ
赤き災禍を汝の身で下せ 」
全て言えた瞬間、言い様のない達成感がロゼッタに押し寄せた。練習では言えなかったのに、土壇場ではちゃんと詠唱が言えたのだ。
だが、まだ安心しきってはいけないと自分に言い聞かせる。結果はまだ出てないのだから。
ロゼッタは意味もなく、両手と両肩に力を込めた。
「い、行け……!」
一瞬、手が熱くなった気がした。その後に来る、指先の痺れの様な感覚。
「わっ……」
自然と口から驚きが漏れていた。
失敗したと思いきや、彼女の魔術は成功していた。両手の平から大きな火の槍が飛び出していった。
火の槍は閃光の様に飛び、アルブレヒトが戦っていた男に衝突した。その衝撃か、男はすぐに倒れていった。
突然火の槍が目の前にいた男を襲ったので、戦っていたアルブレヒトは瞳を大きく見開いた。
「で、でた……」
間抜けにロゼッタは呟いた。それもそのはず、自分で出したにも関わらず一番驚いているのは彼女自身なのだから。
「この女……!」
仲間の一人がやられたせいで、一人の男がロゼッタに向かってきた。
男の手に持つナイフが光るが、もうロゼッタに出来る事は何もない。先程初めてちゃんとした魔術を使い、激しい体力の消耗を感じていたからだ。
「……お前の相手はこっちだ」
「!」
ロゼッタに向かってきた男は、後ろからリカードにあっけなく切り捨てられた。先程まで魔術師の元にいたにも関わらず、意外にもすぐに走ってきた様だった。
「リカード……」
「余計な手間を増やすな女。大人しくしてろと言ったはずだ」
「私だって戦うわ……!」
「ふざけんな。あんなヘロヘロな槍しか射てないくせに……火力も弱過ぎる」
「し、仕方ないじゃない!初めて使ったんだから!」
確かにシリルの様に勢いのある魔術では決してない。だが、初めて使った割りには充分だと彼女は思っていたのだ。
しかし、そんな彼女の発言をリカードは鼻で笑った。
「あんな初級魔術、俺は初めて使った時でももっと火力があった」
「え……?」
ロゼッタはリカードを見上げた。彼があの魔術を使った事があるならば、彼は同じく火系の魔術が使えるという事。
するとリカードは剣を持ち直し、彼女に背を向けルデルト家の方を向く。
「森だからあまり使いたくはなかったが……本物の火の魔術を見せてやる」
その瞬間、空気が震えた。
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