12
そして現在、リカードを探していたロゼッタはアルブレヒトに腕を掴まれた。
「な、何?どうしたのアル?」
「……剣がぶつかり合う音。誰かが、戦っている」
「え?」
彼に耳を澄ます様に促され、ロゼッタは慌てて口を閉じた。確かに木々のざわめく音や虫の声に混じって、金属と金属がこ擦れ合う独特の音が聞こえてくる。
今探しているリカードは騎士だ。当然彼も腰に剣を携えていた。
「リカードかしら……?」
「可能性は高い」
ならば、相手は誰なのかという疑問が残る。一番可能性として高いのはロゼッタを追ってきたルデルト家。もしそうなら、最悪のパターンだ。
ロゼッタはこれからどうするべきか、アルブレヒトを見た。彼はロゼッタに自分の後ろに居る様に促すと、ゆっくり前に進み出す。
シリルと絶対にアルブレヒトから離れない事を約束している為、彼女も彼の後ろについて行った。
ゆっくり近付く度に、金属がぶつかり合っている音は徐々に大きくなっていく。それに混ざって、たまに男の怒号も聞こえてきた。微かに聞こえるだけなので、それがリカードかは判別出来ない。
「……ロゼッタ様、絶対に、自分の傍を離れない」
「わ、分かってるわ」
それからアルブレヒトは慎重に進んでいく。気になって仕方ないロゼッタは早足で行こうと何度もしたが、彼に遮られていた。妙に慎重過ぎて彼女はもどかしく感じている。
もしそこで戦っているのがリカードとルデルト家ならば、こうしてゆっくり進むよりリカードの援護をするべきだとロゼッタは考えた。しかし、アルブレヒトは違う。彼女の身が最優先なのだ。
「もしルデルト家の人だったら、どうするのアル……?」
「自分はリカード助ける。ロゼッタ様は逃げる」
「え……?」
ロゼッタは呆然と呟いた。シリルに身を守る術を教わり、ここまで来たのだ。戻れと言われて、そう易々と帰るわけがない。
彼女はすぐに嫌だ、とアルブレヒトの言葉を拒否した。
「私も行く……!」
「すごく危険。ロゼッタ様には、危ない」
「自分の身なら、ちゃんと自分で守るわ!」
だが、珍しくアルブレヒトは苦々しい表情を浮かべ、頭を左右に振った。強情な彼は決してうん、とは言わない。
それもそうだ、彼女は自分の身を自分で守ると言うが、今の段階では不安な要素が大きい。確実に彼女が魔術を使えるという保障もない。
彼は再び首を横に振った。
「連れてはいけない」
「私のせいで他の人が傷付くのは嫌よ……!」
ここはロゼッタを守る為に止める所。だが、彼女の懸命な願いにただアルブレヒトは困惑の表情を浮かべたのだった。
***
激しい音を発して剣が舞う。
剣が描く筋は閃光となって闇夜に光った。
ルデルト家との予期せぬ遭遇を果たしたリカードは、あれからすぐに剣を交えていた。深い森の奥で剣同士がぶつかり合い、不釣り合いな不協和音が響き渡る。
「はっ!」
リカードが剣で凪ぎ払う。剣を受けた相手は辛うじて剣で防いだものの、彼の剣は重い。流石このアスペラル騎士団を束ねているだけある。
リカードの剣は怯んだ相手を更に追い詰める。振り上げられた剣は鈍い光を発して獲物を狙った。
「……?!」
振り上げた瞬間、リカードははっとして瞬時に数歩下がった。
直後に先程までリカードがいた場所に、轟音を立てて雷の槍が突き刺さった。突き刺ささると槍はすぐさま掻き消えたが、地面には深々と痕が残っている。
「ちっ……」
舌打ちしてリカードは体勢を戻し、剣を構え直す。
(魔術師か……厄介だな。剣士だけ相手なら楽勝だが、魔術師がいるとなると……先にあちらを仕留めるべき、か)
心の中では容易く呟くが、本当はそんなに簡単な話ではない。剣士を攻撃すれば魔術の標的となる。だが魔術師を攻撃するには、何人もいる剣士達を越えていかなくてはならない。
(本っ当……あの女に関わったせいで、ろくな目に遭わねぇ)
わざわざ村まで行かされた事も、城まで歩く羽目になった事も、野宿する事になったのも全てロゼッタがいたからだ。そしてルデルト家に襲われた事も。
リカードは溜息を吐いた。
この状況で勝てないと思っているわけじゃない。自分の実力で勝つ自信は充分ある。
リカードは再び踏み出そうとした。しかし、絶妙なタイミングで彼は足を止めざるを得なくなってしまった。
「待ちなさい……!」
「は?!」
リカードは聞き間違いか、と素っ頓狂な声を上げた。しかし、確かに声がした。しかも若い女の声だ。
こんな所にいる若い女など、彼には一人しか思いつかない。リカードは顔を上げ、声のした方向を凝視した。
そこにいたのは確かにロゼッタ、彼女であった。
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