アスペラル | ナノ
11

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 ――時はしばし前に遡る


 その場に居辛くなったリカードは、気付けば見回りを理由に野宿していた場所から離れていた。振り向くと、大分距離が出来ている。少し気分を変えようと、リカードはそのまま歩く事にした。

(つか、何で俺が野宿する羽目になったんだ……いや、あの女のせいか)

 心の中で自問自答している自分に少し寂しさを感じながらも、リカードは苛つきを隠せなかった。
 彼女が現れたせいで、リカードの敬愛する王は徐々に引退を考え始めている。長くて残り数年王は在位するだろうが、その後はあの突然現れた女か、馬鹿王子と民に呼ばれているどちからに仕えなければならない。

 今の彼にとって胃痛がする程の悩みの種だ。

(ったく、アルもシリルも何故奴を国に連れ帰った……アスペラルを崩壊させる気か?)

 最初は女相手なのだから、多少キツイ事を言えば泣いて帰るだろうと思っていた。しかし、予想外にも彼女は泣く事はなく、しかもリカードに平手打ちまでかました。今まで見てきた女とは違い、とてもやり辛い。

 リカードは舌打ちを一つした。
 色々とロゼッタを追い返す方法を考えてみたが、思いつかない。それに力付くというのはリカードのポリシーに反している。彼は騎士だ、騎士として正々堂々としていたかった。

(何なんだ、あの女……)

 リカードは名門アッヒェンヴァル家の長男に生まれた。跡取りとして、幼い頃から父についていき社交界に何度も足を踏み入れている。
 だが、そこに待っていたのは権力に群がろうとする者達。取り入ろうとして媚びてくる女も、腰を低くして諂(へつら)う男も数多くいた。

 それが彼にある種のトラウマを残した。それ以来、彼は権力に群がる者達が嫌いなのだ。

「そろそろ戻るか……」

 どうやらしばし思案していたら、随分遠くまで来ていたらしい。そろそろ気分的にも良いので、リカードは踵を返そうとした。
 しかし、彼は眉間に皺を寄せて足を止める。

 森の中には、虫の声と鳥の声だけが響く。

「……おい、誰だ」

 低く、そして鋭くリカードは呟く。虫の声と鳥の声がぴたりと止んだ。

「出てこい」

 再びリカードがそう言うと、茂みが揺れ始めた。そして出てきたのは、黒衣を纏った十数名の男達。
 リカードは更に眉間に皺を寄せた。町で見たルデルト家とは衣服が違う。しかし、直感的に彼らもルデルト家の者だと分かった。しかも人を殺すのに長けている集団だ。

 リカードは剣の柄に触れた。ひんやりとした柄が、彼の思考をはっきりとさせてくれる。

「……流石、黒き獅子。気配を消したつもりでしたが、それでも気付きましたか」

「んな事はどうでも良い。さっさと退け」

 リカードはそう言うが、彼らがそう簡単に引かない事など知っている。面倒そうに彼らを一瞥した。

「我らが主は王子の王位継承を願っております」

「……知っている」

「その為に彼女が邪魔なのです。しかし……」

 そこで言葉を区切り、男はリカードを見つめた。口元が半月を作り、いやらしい笑みを見せている。その笑みは自然とリカードを不快にさせた。

「アナタも彼女の存在が邪魔なはず」

 確かにリカードにとってロゼッタの存在は邪魔なものだ。そこは否定出来ない。先程までどうやったら彼女をアスペラルから追い出せるか、考えていた所だ。

「ならば、私達と協力しませんか?」

「協力?」

 これにはリカードも予想外だった。何故なら彼らはロゼッタを守っているリカードを敵と見なし、襲ってくると思っていたからだ。
 だが彼らは本気の様だ。武器に触れる事もなく、リカードと戦う意志を見せていない。

「ただアナタは我々を見逃してくれれば良い。そして我々は彼女を殺す……アナタに悪い話ではないだろう?」

「確かにな」

 自分の手を汚す事なく、彼女を消せる良い案だろう。
 彼らは、リカードがロゼッタの王位継承に反対しているのを知っていた。知っていたからこそ、この話を持ち掛けたのだ。

「だが……断る」

 しかし、リカードは剣を抜き、切っ先を男達に向けた。真っ直ぐな刀身が月光を反射し、ゆらりと揺らめいた。
 彼らの交渉は決裂。リカードは協力しないという意志を見せている。抜かれて向けられている剣がそれを物語っていた。

「貴様等……俺を甘く見るな!そんな私欲の為に、陛下を裏切るとでも思ったか!陛下に対する我が忠誠心はそんなに軽くはない!」

 ロゼッタの事は嫌いだが、彼女を消すという行為は陛下を裏切るのに値する。忠誠を誓う陛下の為、彼は男達が持ち掛けてきた話の片棒を担ぐわけにはいかなかった。
 突如激昂したリカードに少し怯んだ男達だったが、彼らもまた武器を構える。

「やはり忠義の獅子……私欲より義を重んじますか」

「何とでも言え」

「仕方ない、アナタにいられては邪魔だ。ここで大人しくしてもらいましょう」

「来い。剣の錆びにしてやる」

 リカードは低く呟き、彼らを挑発する。紅い瞳が不気味に夜の森で光った。
 直後、夜の深き森に金属がぶつかり合う音が響き渡ったのだった。


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