アスペラル | ナノ
9


 深い森の中を二人の男女が歩いていた。

「えっと……わ、我、かかぐ、せんれつ……?」

 一人はぶつぶつと何かを呟いているロゼッタ。もう片方は左手に松明を持ったアルブレヒトであった。二人は闇夜を激しく燃える松明で照らしながら、森の中をリカード捜索の為に歩いている。
 だが、一向にロゼッタ達以外の人の気配がない。二人は地道に歩いて探す他なかった。

 ロゼッタのリカード捜索について、シリルは二つの条件を出した。一つはアルブレヒトを絶対に連れ、離れない事。二つ目は魔術の詠唱を一つだけ覚える事。
 最低限でも自分の身を守れる様に、シリルは出発前にロゼッタに一つ詠唱を教えた。しかも、ロゼッタは字が読めない為に口頭で。かなりの難題であったが、ロゼッタは負けじと歩きながら覚え様としていた。

「ロゼッタ様……我掲げる鮮烈、です」

「そっか。難しくて覚えられないわ……」

「でも身を守るには必要」

 アルブレヒトが護衛としているものの、彼女が危険な目に遭わないとは言い切れない。咄嗟の時はやはり自身で身を守る必要があるのだ。

 シリルが教えてくれたのは、火系魔術の中でも初歩的なもの。ちゃんとした詠唱をすれば、彼女でも魔術を使える可能性がある。しかも、初歩的な魔術だが身を守る事も可能だった。

「でも、ちゃんと出来るかしら……間違えちゃいそう」

 ふぅ、と彼女は溜息を一つ吐いた。
 今の時点で上手く言えないのだから、焦った時や緊張している時は尚更言えなくなりそうだからだ。

 すると、そんな彼女を元気付ける為か、アルブレヒトは口を開いた。

「……大丈夫。魔術は緊急の時だけ使う。それ以外は、自分がロゼッタ様を守る。必ず」

「……」

 聞いているこちらが赤面してしまいそうな程の台詞だった。そんな事を言われ、ついロゼッタは何も言えなくなってしまい、押し黙ってしまった。
 その時不覚にも、彼女は頬を少しだけ紅潮させた。自分よりも年下で少し幼げな少年なのに、少しだけ格好良いと感じてしまったから。辺りが暗いせいかアルブレヒトにはロゼッタの赤みを帯びた頬が見えなかった様だ。

 今の台詞はアルブレヒトにとって何気ない言葉。ロゼッタが黙ってしまった理由が分からず、彼は首を傾げて立ち止まっていた。

「何か、あった?」

「な、何でもないわ……さ、引き続きリカード探しましょ!」

 訝しげに話すアルブレヒトを見ず、誤魔化す様にロゼッタは再び先頭をきってどんどん歩き出した。彼女が振り返る事はない。振り向いてもし彼と目が合えば、瞬時にまた先程の様に頬が紅潮する自信があった。

「待って下さいロゼッタ様……!」

 訳も分からずアルブレヒトは健気に彼女を追い掛けてきた。

「自分、何かした?何かした?」

 本当に無意識の言葉だったからか、アルブレヒトは未だに分かっていない。自分が何か悪い事をしたのかと思い、ロゼッタの後ろからしつこく何度も聞いてきた。

 正直に言えば、アルブレヒトが「何かした」で合っている。
 しかし、不覚にも格好良いと思ってしまって赤面した、などと彼女が正直に答えるはずもない。

「何でもないの」

「で、でも……」

 珍しくアルブレヒトはおろおろとしている。冷静そうに見えて彼もまだ十五歳。特に女の子の気持ちなど分かるわけがない。

「私の言葉が信じられない?」

「……」

 こう言われてしまえば、アルブレヒトは何も言えない。彼の中では、これに反論してしまう事は彼女に逆らう事だからだ。ぐっと彼は押し黙ってしまった。
 それでもロゼッタは立ち止まる事なく歩き続けた。後ろをアルブレヒトは黙りながら付いて来る。

「……そういえば、シリルさんは大丈夫なのかしら?」

 ふと思い出されるのは、先程野宿しようとしていた場所で別れた仲間のシリル。彼はロゼッタに魔術を教えると、二人とは違った道に入ってリカードを探しに行ってしまったのだ。
 最初はロゼッタも止めた。夜の森が危険だと教えてくれたのはシリル本人。一人で探すのは危険だと言ったのだが、彼は効率良く探す為にもロゼッタ達と別れたのだった。

「シリルさんって本当は文官なんでしょ?大丈夫なの……?」

 彼本人が言っていたのだ、本職はただの文官だと。
 騎士であるリカードとは違い、彼は戦う技術を鍛えてきたわけではない。

「……多分、大丈夫。本人がそう言っていた」

「なら、良いけど……」

 お世辞にも強そうには見えないシリル。むしろ、穏やかな気性の彼は、戦うという事と掛け離れている気がした。

「シリルも、自分の身は守れる。大丈夫」

「でも、シリルさんってお役人っていう事だよね?」

「うむ。普段は事務仕事。四年位前に試験に合格して、城仕えしてる」

「へー……」

 案外文官になって大した時間は経っていないらしい。シリルの年齢を考えれば当たり前なのだが、ついつい彼の言動や行動から長く仕えているものと思っていた。


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