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「若いって……そのノアって人、何歳なの?」
「兄上は十九歳」
確かに若い。ロゼッタと二歳しか違わない様だが、その年で宮廷魔術師ならばかなりの出世だ。
宮廷魔術師なのだから、つまりは国の中でもかなりの魔術の使い手という事だろう。更に王に一目置かれてるなら尚更だ。
「アルブレヒト、確かノアも二属性使えましたよね?」
「うむ。水系と氷系」
「ロゼッタ様、離宮に着いたら彼に色々聞いてみた方が良いですよ。きっと勉強になります」
「そうね」
ロゼッタはコクりと頷いた。
彼女同様、ノアという人物も二つの属性が使えるならば、かなり勉強になる筈だ。とりあえず今の時点でも彼に聞く事は沢山ある。
「兄上、ロゼッタ様の先生」
「え?」
アルブレヒトの突然の言葉に、ロゼッタは首を傾げた。更に彼の言葉にシリルは、そうでしたね、と苦笑した。
「ノアもロゼッタ様に仕える事になっています。魔術の教師として」
「あ」
そういえば、シリルが前に言っていた事を彼女は思い出した。彼の話では、父親である王は彼女に優秀な教師を用意したらしい。しかも、魔術や勉学、マナーや剣術などの幅広い分野で。
目の前で微笑んでいるシリルも、ロゼッタに勉学とマナーを教える事になっている。
「あ、ちなみにリカードは剣術の教師です」
「え?!」
最悪に仲が悪いというのに、よりによって彼が剣術の教師。ロゼッタは頭を押さえた。
どう考えても、彼がロゼッタに素直に剣術を教えてくれそうもない。別に彼女は剣術を勉強したいわけではないが、そう思っただけだ。
しかし、父親である王は本当に優秀な教師を用意してくれたらしい。
剣術の教師に騎士団の団長を、魔術の教師には王が一目置いている宮廷魔術師だ。かなり豪華な面々と言えるだろう。
「あの人、絶対に剣術教えてくれる気ないでしょうね」
「あははは……」
シリルは苦笑しているが、否定はしない。実際、彼はリカードの本心を聞いている為、下手にフォローも入れられなかった。
「……そういえば、リカード遅い」
アルブレヒトの言葉にシリルもはっとして静かに頷いた。
「確かに遅いですね。どうしたんでしょうか……」
軽く見回りに行った筈なのに、気付けば時間が結構経っていた。だが、彼は帰ってくる気配を見せない。
周りを見渡しても闇に黒く染められた森が広がっているだけだ。響くのもロゼッタ達の声と薪が燃える音、そして虫と鳥の鳴き声。
「迷ったとか?」
「いえ、それはリカードにはあり得ません。それに結構慎重な人ですし……」
確かにロゼッタが見た限り、リカードはきっちりした男で、真面目だ。リカードについて知ってるわけではないが、こうした他人を心配させる様な行為をする様には見えない。
「シリルさん、探します?」
「……出来ればそれは避けたいですね。ロゼッタ様の身を優先的に考えますと……」
夜の森を歩き回るのは、それなりの危険を伴う。シリルとしてはロゼッタを守る義務が有り、その為には探さないという選択肢を取るのが最善であった。
それにはアルブレヒトも同意見らしく、彼も腰を上げない。
「だから、私をそんな割れ物みたいに扱わないで下さい……私の為に行かないで、もしリカードに何かあったらどうするんですか?!」
あんなに暴言を吐かれたり、名前ではなく「女」呼びされたが、それで見知らぬフリをするのは何だか違う気がした。勿論、彼の事は好きじゃないし、どちらかというと嫌いな方だ。
だが、ロゼッタはそれは理由にならない事を知っている。
「森には魔物だっているんでしょ?」
「……彼も騎士です。そこら辺の魔物にやられたりはしませんよ」
「だけど、ルデルト家の人に襲われたりするかもしれないし……」
もし後者であれば、それはロゼッタのせいかもしれない、彼女はそう思った。ただ、彼女は自分のせいで無関係な他人が傷付くのが怖かった。
ロゼッタの真剣な表情に、シリルは戸惑いを隠せない。
彼女が危険を省みず、リカードを探しに行くと言い出すとは思わなかったのだ。
「森には魔物がいます。それにルデルト家の者がいる可能性も」
「知ってます」
「他にもロゼッタ様の知らない危険な事は沢山あります。山賊もいるかもしれない」
「……でも、人の命と人の命を天秤にかけたら駄目だと思うの。ただ私はしたい事をするわ」
ロゼッタは頑なに意見を変えなかった。
「……分かりました」
シリルは溜息を一つ吐いた。そして、根気負けした彼はとある決断を下したのだった。
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