アスペラル | ナノ
8


「若いって……そのノアって人、何歳なの?」

「兄上は十九歳」

 確かに若い。ロゼッタと二歳しか違わない様だが、その年で宮廷魔術師ならばかなりの出世だ。
 宮廷魔術師なのだから、つまりは国の中でもかなりの魔術の使い手という事だろう。更に王に一目置かれてるなら尚更だ。

「アルブレヒト、確かノアも二属性使えましたよね?」

「うむ。水系と氷系」

「ロゼッタ様、離宮に着いたら彼に色々聞いてみた方が良いですよ。きっと勉強になります」

「そうね」

 ロゼッタはコクりと頷いた。
 彼女同様、ノアという人物も二つの属性が使えるならば、かなり勉強になる筈だ。とりあえず今の時点でも彼に聞く事は沢山ある。

「兄上、ロゼッタ様の先生」

「え?」

 アルブレヒトの突然の言葉に、ロゼッタは首を傾げた。更に彼の言葉にシリルは、そうでしたね、と苦笑した。

「ノアもロゼッタ様に仕える事になっています。魔術の教師として」

「あ」

 そういえば、シリルが前に言っていた事を彼女は思い出した。彼の話では、父親である王は彼女に優秀な教師を用意したらしい。しかも、魔術や勉学、マナーや剣術などの幅広い分野で。
 目の前で微笑んでいるシリルも、ロゼッタに勉学とマナーを教える事になっている。

「あ、ちなみにリカードは剣術の教師です」

「え?!」

 最悪に仲が悪いというのに、よりによって彼が剣術の教師。ロゼッタは頭を押さえた。
 どう考えても、彼がロゼッタに素直に剣術を教えてくれそうもない。別に彼女は剣術を勉強したいわけではないが、そう思っただけだ。

 しかし、父親である王は本当に優秀な教師を用意してくれたらしい。
 剣術の教師に騎士団の団長を、魔術の教師には王が一目置いている宮廷魔術師だ。かなり豪華な面々と言えるだろう。

「あの人、絶対に剣術教えてくれる気ないでしょうね」

「あははは……」

 シリルは苦笑しているが、否定はしない。実際、彼はリカードの本心を聞いている為、下手にフォローも入れられなかった。

「……そういえば、リカード遅い」

 アルブレヒトの言葉にシリルもはっとして静かに頷いた。

「確かに遅いですね。どうしたんでしょうか……」

 軽く見回りに行った筈なのに、気付けば時間が結構経っていた。だが、彼は帰ってくる気配を見せない。
 周りを見渡しても闇に黒く染められた森が広がっているだけだ。響くのもロゼッタ達の声と薪が燃える音、そして虫と鳥の鳴き声。

「迷ったとか?」

「いえ、それはリカードにはあり得ません。それに結構慎重な人ですし……」

 確かにロゼッタが見た限り、リカードはきっちりした男で、真面目だ。リカードについて知ってるわけではないが、こうした他人を心配させる様な行為をする様には見えない。

「シリルさん、探します?」

「……出来ればそれは避けたいですね。ロゼッタ様の身を優先的に考えますと……」

 夜の森を歩き回るのは、それなりの危険を伴う。シリルとしてはロゼッタを守る義務が有り、その為には探さないという選択肢を取るのが最善であった。
 それにはアルブレヒトも同意見らしく、彼も腰を上げない。

「だから、私をそんな割れ物みたいに扱わないで下さい……私の為に行かないで、もしリカードに何かあったらどうするんですか?!」

 あんなに暴言を吐かれたり、名前ではなく「女」呼びされたが、それで見知らぬフリをするのは何だか違う気がした。勿論、彼の事は好きじゃないし、どちらかというと嫌いな方だ。
 だが、ロゼッタはそれは理由にならない事を知っている。

「森には魔物だっているんでしょ?」

「……彼も騎士です。そこら辺の魔物にやられたりはしませんよ」

「だけど、ルデルト家の人に襲われたりするかもしれないし……」

 もし後者であれば、それはロゼッタのせいかもしれない、彼女はそう思った。ただ、彼女は自分のせいで無関係な他人が傷付くのが怖かった。
 ロゼッタの真剣な表情に、シリルは戸惑いを隠せない。

 彼女が危険を省みず、リカードを探しに行くと言い出すとは思わなかったのだ。

「森には魔物がいます。それにルデルト家の者がいる可能性も」

「知ってます」

「他にもロゼッタ様の知らない危険な事は沢山あります。山賊もいるかもしれない」

「……でも、人の命と人の命を天秤にかけたら駄目だと思うの。ただ私はしたい事をするわ」

 ロゼッタは頑なに意見を変えなかった。

「……分かりました」

 シリルは溜息を一つ吐いた。そして、根気負けした彼はとある決断を下したのだった。


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