アスペラル | ナノ
9



 騎士団長であるリカードの号令の下、軍は前進。王都へと向かった。
 姫君であり今回の主役であるロゼッタは中列。その後ろにすぐに控えているのが軍師リーンハルトとローラント。リカードは今回隊列の先頭で馬に乗っており、全体を先導している。
 アルブレヒト、シリル、ノアは後列に配置されていた。勿論、他にも騎兵や歩兵が群れを成している。ロゼッタと遠い配置にノアは不平を言っていたが、地位的に低い三人は後列にせざるをえない。側近が一人はついていた方が良いというリーンハルトの言葉に、例外としてローラントは彼女の後ろに控えている。
 アルブレヒトではなくローラントを選択したのもリーンハルト。経験や咄嗟の判断力を考えれば、若年のアルブレヒトより適任とした。

 離宮を離れてしばらく経った。
 後ろに見えていた離宮がもう遠く、霞んで見える。
 ロゼッタが思っていたよりも案外と順調な道中だった。
 しかしリーンハルトやリカードは緊張感を募らせ、どことなくピリピリした空気を出していた。他の兵士達も黙々と歩みを進める。一応今日は「めでたい日」だというのに、ロゼッタすら言葉を出すのを躊躇う程だった。

(結構、暇だわ……)

 無言で馬に乗っているのも楽ではない。気を緩みすぎてもいけないから、表情にも気を付けなければ。うっかり気の緩んだ表情を国民に見られたりしたら、彼女の威厳に関わる。
 揺られながらぼんやりと考えつつも、表情は引き締めておく事を意識していた。
 ふと、ロゼッタは視線を上げる。徐々に、前方に街を取り囲む広い外壁が見えてきた。王都まであと少しだった。




 それから幾許かの時が過ぎ、外壁門はロゼッタの眼前へと迫っていた。
 この外壁門は数百年前の王様――ロゼッタの先祖が外敵、つまり人間からの侵略を防ぐ為に建てたという話を、リーンハルトの講義で聞いた気がする。離宮の書斎で授業を受けていた頃が遙か昔の様に感じられた。
 あと少し、とロゼッタは息を呑む。そして馬は外壁門内へと一歩踏み出した。

 外壁門をくぐったロゼッタをまず驚かせたのは、右を見ても人、左を見ても人、人ばかりで埋め尽くされた大通りだった。地面なんて見えない。猫一匹通れないんじゃないかと思うくらいだ。
 彼女たちの隊列は城下に配置された兵士達が作った通りを進んでいく。
 歓声が響いた。
 彼女を歓迎する声と凱歌が幾重にも重なる。

「殿下」

 それがロゼッタを指す言葉だという事に気付くのに少し時間がかかり、呼ばれていると分かると彼女は慌てて振り返った。
 数秒かかった事にリーンハルトは苦笑していた。

「なに、リーンハルト?」

 そもそも殿下なんて呼び慣れていないのだから気付くのが遅れても仕方ない。笑われた事に恥ずかしさを感じながらも、できるだけ表情は抑えた。

「どうか民に手を振ってやって下さい。あなた様に会う為に待っていたのですから」

「……わかったわ」

「あ、あくまで淑やかにお願い致します。お転婆に、空高く、勢い良く、手を振らないよう」

「分かってるわよ……」

 余所行きの笑顔でにっこりとリーンハルトは笑う。
 どうやら公式の場なので彼の口調は普段に比べ丁寧だが、その分苛つくのが不思議である。ここが離宮なら彼を思いっきり睨んでいただろう。
 気を取り直してロゼッタは前を向く。そして胸元で、控えめに国民に手を振った。喜んでくれるのかはさておき、わざわざ来てくれた人達に少しでも返せるようロゼッタは満遍なく見渡しながら馬を歩かせる。
 見物がてら立ち止まっている男性や女性、騎士たちを見て喜ぶ少年たち、ロゼッタを姿を見て薄っすらと涙を浮かべている初老の男性、商売をしながらもチラチラとロゼッタ達一行を見ている露天の主人。様々な人が居た。
 これが父の治める国、そして守る国民。

 ロゼッタは片手で握る手綱をより一層強く握りしめた。
 しっかり目に焼き付けなければいけない。ここに人が居る分だけ期待が彼女に寄せられている。

 行軍が進路方向を少し変える。今の進んでいる大通りを真っ直ぐ行けば城に向かえるのだが、今日は真っ直ぐ城に向かわないという事はロゼッタも聞かされている。
 今日は王都をまず凱旋するのだ。
 ロゼッタがリーンハルトに事前に見せられた地図でいうと、現在いる場所は王都南区。これから西区、北区、そして東区を周り、更に中央にある城壁を越えて登城する手筈となっている。
 今のところ行程は順調。
 リカードやリーンハルトの杞憂で無事終わるといいけれど、とロゼッタは思うのだった。

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