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「ねぇ、さっきのどういう意味?」
問い詰める勢いでロゼッタがリカードを見上げると、彼はこれみよがしに溜息を一つ吐く。その赤い双眸には一種の哀れみが滲んでいた。
そんな呆れられる様な事を言った覚えはない。ロゼッタはムッとした表情を浮かべた。
「アホ」
「なっ!」
「殊勝な言葉だが、守るのは俺らの仕事だ。せいぜい姫らしく、慎ましやかにしててくれ。俺も行くぞ」
と言い残し、リカードも隊列前方に戻っていく。
ロゼッタはノアとアルブレヒトを見た。アルブレヒトは今三人は彼女を馬鹿にしたわけではないと首を横に振る。
「三人言いたい事、ロゼッタ様大切だから守らせて欲しい。それだけ」
あの言葉でそこまで意味を汲み取れるものなのか疑問だ。しかもあのリカードがそう思うのか。
「でもいつも守られてるのは嫌よ?」
「自分達も、ロゼッタ様同じ。大切な人、だから守りたい。皆が思っている事。危険な事、してほしくない。勿論、ロゼッタ様の気持ち嬉しい」
「……姫様は姫様、だから守るんだよ。他の人が姫様だったら、そんな事思わなかった」
僕らも後方に行くからね、とノアとアルブレヒトは先に戻っていった。
残されたのはロゼッタとローラント。彼女の馬の手綱を代わりに彼がずっと持って立っていた。
彼女が彼を見上げると、珍しく少しだけ口角が上がっていた。
「……何を、笑ってるの?」
リーンハルトやシリルと違って、いつも笑っている様な男ではない。何かしら面白い事がないと笑わない。
今までの彼らとのやり取りしか笑う部分はないだろう。ロゼッタとしては笑えないが。
「いや、いい関係だと思う。ロゼが皆を守りたいと思うように、皆もロゼという一個人を守りたいと思っている」
「そう……なの?」
ああ、とローラントは頷いた。
彼はずっと皆のやり取りを静観してきた。彼女に向けられている感情は友情や敬愛、中には愛情などもあったが、全て信頼に繋がる感情だった。
理由は様々だが皆が彼女に対して守りたい、そう感じている事が読み取れた。あのノアやリカードですら、いつからかそう思うようになったのだろう。
臣下として、誇りに思いたい程だった。こんなにも周りからも慈しまれる主君もいないだろう。それは一重に彼女の人柄が成した結果。
「先程のリカードの言葉を覚えているだろうか?」
「さっきの……? えっと……」
「リカードはさっきロゼに『せいぜい姫らしく』と言っていた。守りたくもない相手に言わないだろう」
ついスルーしてしまっていたが、確かにリカードはそう言っていた。そんな単語彼の口から出た事は今まで一度もなかった。
だが、分かりにくいが彼の言葉、動作に少しずつ何かが見え隠れしている。
「あと、皆がロゼに剣を献上したな。剣を献上するというのは普通ならば意味がある。一つ目はお前の首を討取る」
「……え」
まさかの下克上宣言かと思いロゼッタの表情が固まる。しかし、ローラントは苦笑して違うと首を振る。
「それは違う。もう一つの意味だと私は思う。もう一つの意味は……忠誠だ。君主へ剣を捧げる、それは命を預けるとも取れるだろう」
「え、でも、ほら……腰に何も差さないで凱旋は格好悪いからって理由でこれになったんでしょ?」
信じられないという表情でロゼッタは否定する。
あのリカードが何も考えていなかったとは思いにくいが、そんな重い意味があったとも思えない。特にリーンハルトやリカードは王シュルヴェステルへ忠誠を誓っている身だ。
「私個人の推測だ、聞き流していいが……忠誠という程の意味はないと思う。四人で一本の剣を献上した。言うなれば信頼の証なのだと思う」
「…………信頼されてるのかしら」
本当に疑っているわけではない。確かめるように彼に問うた。
「しているだろう。ロゼがしているように」
必ずと言いたそうに力強く彼は答えた。
ロゼッタは微笑み、それ以上何も言わなかった。
「さて」
片手に馬の手綱を握りながら、ローラントは空いていたもう片手を彼女に差し出す。
瞬時に意味を解し、ロゼッタは迷いなく慣れた動作で彼の手の上に自分の手を乗せた。
「そろそろ時間だ……我らが王女殿下」
ロゼッタが馬に跨り、とうとう短い行軍が始まった。
目指すは花が舞い、凱歌が響くアスペラル王都アーテルレイラ。民が今か今かと王女の帰還を待ちわびている。
馬に跨った彼女は期待を胸に前を見据え続けていた。
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