アスペラル | ナノ
7


「本当、彼はどうするつもりなんですかね……」

 まるで一人行ってしまったリカードの行く末を心配する様に、シリルはただ呟いた。王は高齢というわけではないが、リカードより二十歳は年上である。リカードが騎士を引退するよりも早く、王は退位してしまうだろう。
 その時、リカードはどうするのか。今のままならば、彼は言った通り自分の騎士の位を返上してしまいそうだ。そんな彼をシリルは友人として心配していた。

「ところで、ロゼッタ様。話は変わるのですが、ずっと気になっていた事があります……」

「え?何ですか?」

 ロゼッタは面を上げシリルを見た。優しげな微笑を眼鏡の奥で浮かべている彼は、火に照らされていつもより神秘的にロゼッタの瞳に映った。光る眼鏡の縁が暖かな光を発していた。

「……ロゼッタ様の使った魔術についてです」

 今日彼はロゼッタの使った魔術を初めて見た。精霊との契約をしていないにも関わらず、立派な氷塊を作り出した魔術である。
 そしてシリルはずっとあれが不思議で堪らなかった。当然ロゼッタは精霊との契約をしていない。それに彼女は魔術の詠唱を教えられたわけでもない。つまりは、無詠唱だ。

「魔術を使ったのは今回が初めてですか……?」

「えっと……前にも一度、多分。アルセルの騎士達に殺されそうになった時にも、火の粉が出た事ならあるけど……あれも魔術なのかしら?」

「火の粉?」

 ロゼッタがシリルを見ると、彼は驚きの表情を浮かべていた。どこがそんなに驚く事なのか、彼女にはイマイチ分からない。しかし、パンを食べていたアルブレヒトも手を止めて二人を見ていた。

「氷と炎……相対的な二つの属性が力を貸すとは……」

 眼鏡を押し上げて、彼は神妙な面持ちで呟いた。

「おかしい事なんですか?」

 彼女の問いに、いいえ、とシリルは首を横に振った。彼曰く、おかしな事ではないが非常に珍しい事らしい。

「普通なら、一人一属性」

「え?どういう意味なのアル?」

 二人の話を静かに聞いていたアルブレヒトが、パンを齧(かじ)りながら言った。意味が分からなかったロゼッタはどういう意味なのかアルブレヒトに尋ねると、彼は指に付いた蜂蜜を舐めながら教えてくれた。

「普通、一人の人間に力を貸してくれる精霊は一つの属性。火なら火、水なら水、といった具合に」

「どうして?」

「多分、相性。それから、多くの精霊の力は借りれない。身体に限界がある」

「ですが、稀に二つの属性と契約している方もいますよ。これは体質、といった方が良いですね。それから、精霊同士にも相性はあるんです」

 火の属性は勿論水の属性とは相性が悪い。火の精霊と水の精霊の二つと同時に契約している人はいないという。むしろ、出来ないに等しいらしい。反発しあう力を使っては、術者に大きな負担となるからだ。
 そしてロゼッタの場合、彼女は火系の魔術と氷系の魔術を使った。つまり火の精霊と氷の精霊と契約しているという事だ。

 しかし、火と水とまではいかないが、火と氷も相性は悪い。充分反発する力の筈だ。

「で、つまりどういう事なの……?」

 そろそろ要約してくれないと、ロゼッタの頭がついていけなくなりそうだ。ただでさえ、魔術の話は分からない事だらけなのだから。
 つまりどういう事なのか、彼女は知りたかった。

「これ、凄い事。きっと精霊はロゼッタ様を祝福してる。だから火も氷も、力を貸してくれた」

 やや興奮気味にアルブレヒトは言っている。魔術を使えない彼は、人より一層魔術に対する憧れの様な感情があるのかもしれない。彼は年相応の少年の様に瞳を輝かせていた。
 ロゼッタはシリルに視線を向けた。実際はどうなのか、彼の意見を聞きたかったからだ。

 しばし考えを巡らせていたシリルだが、苦笑しつつ口を開いた。

「……私は魔術の専門家ではないので、何とも言えませんね。何故契約も無しに魔術を使えるのか、使えるのが反発しあう力なのか……私には分かりません」

 力になれず、シリルは申し訳なさそうに言葉を区切った。彼は魔術はある程度使えるものの、詳しいわけではないらしい。

「……離宮着いたら、兄上に聞くと良いと思う。魔術の専門家」

 ぽつりとアルブレヒトが呟いた。聞き慣れない人物の名前にロゼッタは首を傾げた。

「ノアに?確かに彼なら詳しそうですね」

「シリルさん、ノアって……?アルって兄弟いるの?」

「違う。自分、兄弟はいない。兄、みたいな人。宮廷魔術師」

 アルブレヒトの独特の喋り方を要約すると、つまりアルブレヒトにとって兄の様な存在であり、今は宮廷魔術師をしている人物らしい。確かに宮廷魔術師ならば、魔術に長けているのだろう。

「兄上、とても魔術に詳しい。そして凄い。若いのに、陛下に一目置かれてる」

「へー……仲良いのね」

 アルブレヒトの様子から、本当に仲が良い事が窺い知れる。その瞳は兄を敬愛して、更に憧れている瞳だった。魔術が使えないからだろう、彼にとって羨望の対象に違いない。


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