アスペラル | ナノ
3



 シリルとアルブレヒトを背に、ロゼッタは離宮正門へ向かう。ずんずんと突き進んでいくと、すれ違う使用人は皆深々と頭を垂れた。
 彼女が深く頭を垂れるのを好まないせいか、普段は軽く会釈する程度。
 しかし今日は正式に新たな主が誕生する日。そして、正装して堂々と歩くロゼッタに皆内心は喜んでいるのだ。だからこそ深々とした礼は、使用人達の彼女に対する最大の敬意と見送りだった。
 ロゼッタ自身、本当は一人一人にお礼を言って離宮を出たい位だった。ここで過ごした快適な数ヶ月は使用人達のお陰もある。交流は少なかったが、それぞれの名前と顔は覚えている位だ。だが、時間にも限りがある。一人一人に礼を言える時間は割けなかった。
 ただ今のロゼッタに出来るのは、堂々と立派な姿で凱旋を成功させる事だった。
 だから、彼女は堂々と突き進む。彼女の肩には使用人達の期待もあるのだ。

「ロゼッタ様、こちらです」

 シリルが離宮の出入口を指し、ロゼッタは正門の方へと目を向けた。

「……随分と、沢山集まっているのね」

 正門前に集まった黒い集団。それを見てロゼッタは面食らった様子で辺りを見渡した。
 離宮と王城は目と鼻と先だが、いつもの護衛だけでは数が少ない。また、そんな人数で凱旋した所で威厳も何もない。そういう事もあり彼女の父である王は、第一師団から行軍の為に兵士を派遣すると言っていたのだ。
 ちなみに第一師団は王直属であり、リカードが団長を務めている。だからこそ第一師団なのだろう。
 百人程度かと思いきや、その数ざっと数百は居た。広々とした離宮の前庭が人で埋め尽くされている程。ロゼッタが思っていたよりは随分と大掛かりである。
 全員が黒い軍服、一糸乱れず整列をしており、より壮大だった。

「ああ、ロゼッタお嬢さん支度終わったんだ」

 何やら兵士達に細かい指示を出していたリーンハルトが振り返った。

「すごく似合ってるね、それ。もうどこからどう見ても立派な美姫だよ。アスペラルには美姫が多いけど、今のロゼッタお嬢さんより勝る姫なんていない。どの姫もロゼッタお嬢さんの前だと霞んで見えてしまうよ。是非今夜は一緒に踊って欲しいくらいだ」

 息をするが如く、彼の口からは賞賛の言葉が出てくる。彼女が言葉を挟む隙を与えられず、褒められ慣れていないロゼッタは恥ずかしさにそっぽを向いた。
 そして、いとも簡単に手馴れている彼のペースハマってしまった事が悔しかった。

「ア、アリガトウ……」

 苦し紛れに片言で短く礼を言うと、リーンハルトは満足気に笑っていた。
 そんなリーンハルトもまたロゼッタ同じく正装だった。そしてロゼッタ並に華美な装飾の数である。リカード達とは違い、本来であれば軍師は戦いが職業ではない。だからこそ華美なのだろう。出で立ちだけは他の兵士や騎士よりも華やかである。
 珍しく少し長い金の髪も今日は後ろで括っている。
 何となく、彼が普段はラフな格好しかしない理由が分かった気がした。いつもこんな正装をしていたら疲れて仕方がない。

「あなたの正装、初めて見たわ」

 リーンハルトがそれなりの格好をすれば貴人のようだった。

「あれ、そうだっけ? どう格好良い? 褒めて褒めて」

「調子に乗らないで」

 確かに格好良い部類ではあるが、彼自らそんな事を言ってしまうと褒める気持ちも萎えてしまう。
 黙っていれば良いのにと彼女が毒づくと、リーンハルトは面白可笑しそうに笑った。

「軍師、他の者はどうされましたか?」

 シリルの言葉に彼女が辺りを見渡すと、リカード、ローラント、ノアの三人の姿が見えなかった。実際に凱旋行進に参加するのはリカードとローラント、ノアは後方から付いて来るのみだが、既に時刻は集合の時。
 時間にルーズなノアがいないのは仕方ないとして、二人がいないのも不思議だった。規則や時間にはきっちりとしている二人なのだから。

「リカードとローラントくんは所用があってね。もう少しで来るよ」

 あの仲の悪い二人が、二人して所用で居ないのも不思議な感じがした。何も起きていなければいいが、とロゼッタは不安に思う。
 しかしノアについては何も言っていない。彼はどうしたのかと聞こうとした瞬間だった。

「僕は居るよ」

 突然ロゼッタの背後から声が聞こえ、びくっとしたロゼッタは振り返った。

「ノ、ノア……! いつから私の後ろに居たのよ」

「さっきから居たけど」

 しれっと言い放つノアだが、どうやら今日はしっかりと身支度を終えている。数日前、ロゼッタが何度も今日は身綺麗にするように言い聞かせたのが功を奏したようだ。

「もう驚いたじゃない……ちゃんとした格好してきたみたいね」

 ロゼッタはまじまじとノアを見た。やはり顔立ちは女のロゼッタから見ても羨む程の造形美だ。普段隠しているのが勿体ないと感じるが、彼の性格から考えて自分の顔などどうでもいいのだろう。
 一方、ノアは彼女の正装姿を見て深い溜息を一つ零した。

「な、何でそこで溜息を吐くのよ……」

「やだなぁ、僕、姫様が姫様っぽい格好するの、好きじゃないかも」

 そんな反応は初めてだ。ここまで誰もが褒めてきたが、残念そうな反応をしたのはノアだけ。
 もしや実は似合ってなくて、皆お世辞を言っているだけなのかもしれない、そんな考えが彼女の頭を過ぎった。

「や、やっぱり似合わないかしら……?」

 そう言ってロゼッタが彼を見上げると、何とも言えない渋い表情を浮かべた。
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