アスペラル | ナノ
29


 ローラントがそこに居たのは全くの偶然というわけではない。
 リーンハルトの命令でロゼッタが就寝した後、ずっと外で見回りをしていた。離宮内はリカードやアルブレヒトが居るからと、一番大変な外を彼が引き受けたのだ。
 あらかじめ、離宮に忍び込んだ刺客が一番脱出しやすいポイントをリーンハルトは割り出していた。それを元に張っていたというわけである。そしてリーンハルトの見立て通り、ロゼッタの命を狙う刺客は姿を現した。

(……敵に回したら、さぞ恐ろしいだろうな軍師殿は)

 腰の剣を抜きながら、ローラントはそんな事を考えてしまう。
 刺客の男の方はというと、袖から出した短剣を握って猫の様に目を細めて笑った。

「オマエの事も知ってる。王女の側近ローラント」

 ローラントは身構える。名乗った覚えも無いし、顔見知りでもない。だが一つおかしいのだ。彼がこのアスペラルに来てから日が浅く、離宮から出た回数も片手で足りる程度。知り合いも離宮の使用人位だろう。
 どこから彼の名と、役割が漏れたのだろうか。
 彼がロゼッタに仕えている事は、リーンハルトが王には報告済みだと聞いた。その際、他の者にも知られた可能性もある。出来れば、それ以外の可能性は考えたくはなかった。

「……いかにも。ここで大人しくして貰おう」

 平静を保ちつつ、ローラントは頷く。最優先事項は目の前の刺客の男を捕まえる事。それが出来なくても、出来るだけ情報を引き出さなくてはならない。

「悪いけど、今日は帰らせて貰うよ。王女暗殺は失敗したし」

 少しだけローラントは胸を撫で下ろした。アルブレヒトやリカードがしくじるとは思っていないが、ロゼッタが無事だと確証を得たのだ。

「そうもいかない。二度とこの様な事が起きぬよう、聞きたい事は多くある」

「聞きたいコト? 例えば? 雇主とか?」

 いつの間にか二本になった短剣。曲芸の様に空中へ放ったりと、二本の短剣を弄びながら男は戯けたように言った。ローラント達が知りたい事は男でも見当はつくのだろう。
 ローラントは言葉を詰まらせる。上手く聞き出したりするのは正直苦手だった。単刀直入な聞き方しか出来ないのだ。
 相手に読まれているならば尚更言葉に迷った。

「……簡単に教える気は無いのだろう」

「ああ、そりゃね。信用第一の仕事だから、依頼人の素性は明かせない」

「ならば、やはり力尽くで教えて貰う」

 剣を構えじりじりとローラントはにじり寄った。
 地の利はローラントにあったが、深夜という事もあり暗い視界が不安定だった。だからこそ、無闇矢鱈に踏み出す事が出来ないのだ。実は相手の姿を捉えるだけでもやっとの状況。あとは気配で感知するしかない。

「あははは、雇主なんて言わなくても分かるだろ。子供でも分かる問題だ」

 一方男は武器を構えるでもなく、ただのんびりと談笑していた。

「王女が死ねば誰が喜ぶかなんて、大体俺でも分かるよ」

 単純な利害計算だと男は言う。確かにそうだろう。ロゼッタが死ねば得する人物は限られてくる。
 所謂「王子派」である。アスペラルに来て日が浅いローラントはまだ詳細を把握しきっているわけではないが、その王子派の筆頭が王子の叔父であるルデルト家当主。リーンハルト達はこの当主こそが全ての黒幕だと信じている。

「……我々は依頼主の正体が知りたいわけではない。依頼主が暗殺を企てた証拠が欲しい、それだけだ。元を正さなければ全てが終わらない」

「あっはは、どちらにしても言えない。言う気もない」

 男は手の平を上にしながら、右手を前に出した。手の平の上にあるのは小さな黒い球体。
 刹那、ぱちっと静電気が走った様な音がして、黒い球体から弾けた様に辺り一帯に閃光が走る。
 一瞬の閃光に目が眩んだ。咄嗟にローラントは体を強ばらせて防御体制に入るが、眩しい光だけで何の異変も起きなかった。
 眩んだ目がようやく戻った後、すぐさまローラントが前を向くと、男の姿は城壁の上にあった。まるで猫の様な男だとローラントは思った。

「……環境にしても剣術の技術にしても、俺が不利。ここは一度引く。それに……『魔術を消す剣』は俺でも怖い」

「!? ま、まて……!」

 じゃあね、と嫌な笑いを残して男は城壁の向こう側へと姿を消した。男が姿を消した後もローラントは呆然と城壁の上を見ていた。
 あの男は知っていた、ローラントの剣の事を。それこそアスペラルでは一度も披露はしていない。彼の剣の事を知っている人物は本当に限られてくる。極端に言えば周りの人物だけだ。
 嫌な予感がした。

「おい……! あの男はどこへ行った!」

 そこへ刺客の男を追い掛けてきたリカードとアルブレヒトが走ってきた。険しい表情の二人は、ローラントへと駆け寄る。

「逃げられたな」

「チッ…………結局は徒労か」

 城壁を一瞥しながら伝えると、リカードは盛大に舌打ちをしてそれ以上言葉をかわそうとはしなかった。ローラントには相変わらずの態度だ。そのまま背を向けている位なのだから。
 彼の言葉に、果たして徒労だけに終わったのだろうか、とローラントは思う。
 相手方の情報は何も引き出せずに終わったものの、不穏な種だけはしっかりと蒔かれていった気がするのだ。

「ローラント、どうした?」

 黙りこくってしまったローラントを心配したアルブレヒトが声を掛けてきた。
 しばしローラントは悩んだ。この情報を伝えるべきか、伝えないべきか。しかし、一度考え出すと止まらない。今目の前に居る二人は、果たして本当に信用に値する人物達なのだろうかと。

「……いや、何でもない。軍師殿に報告に行こう」

 まだ全ての確信を得ていない。それにまだ二人に全てを話すには早い。結局ローラントは二人に何も伝えなかった。
 それにローラントの主人はロゼッタだ。まずは彼女の指示を仰ぐのが先決だと思えた。身近に情報を漏洩している者がいる可能性有り、と。

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