6
「別に私は……王位が欲しいなんて一度も思った事ないわ」
「そんな事は奴らに関係ない」
少しもロゼッタが思っていなくても、これから王位を欲する可能性がないわけではない。だからルデルト家は早めに芽を摘んでおきたいのだ、一族を脅かすかもしれないロゼッタという存在を。
「だけど……急に現われた私が王になれるわけないわ。あんただってそうだし、他の人も認めないんじゃない?」
いきなりロゼッタが王族の一員となり、王位継承者に選ばれても、元から仕えていた人や国民が納得出来る筈ないと彼女は思った。
もしロゼッタが国民であれば、彼女も反対する筈だ。いきなり現われた少女に、政治や自分達の生活を任せるのは不安だからである。
だが、ロゼッタを視線を上げるとリカードは表情を曇らせていた。
「ルデルト家も私を気にし過ぎよ。私が王様になろうって思っても、普通なれるわけない」
「ロゼッタ様……今の現状を正直に申し上げますと、確かに国内は継承者問題で揺れています。しかし……問題は中身で……」
「?」
シリルは煮え切らない態度で何かを口籠もる。そんな彼の態度に苛立ったのか、リカードはさっさと彼の言葉を奪い、先を言ってしまった。
「残念ながら、陛下の息子は民には『馬鹿王子』なんて呼ばれてる」
「は?」
ロゼッタは開いた口が塞がらなかった。まさか腹違いの弟が国民にそんな事を言われているとは思っていなかったからだ。
リカードは痛そうに頭を押さえながら、溜め息を吐いた。
「……正直、まだ見た事もない陛下の娘……つまりお前に、期待している奴も中にはいるんだ」
「王子の王位継承反対の声も少なくありませんからね」
「……陛下も王子に継承するより、娘に継承しようと思っているからな」
あまりの国の不安定さにロゼッタは言葉を失った。まるで今のアスペラルは砂上に建てられた楼閣に見える。不安定さに今にも崩れてしまいそうな程、内部は脆くなっていた。
そして彼女には今の話は衝撃的だった。父親は息子に王位を継がせたくないから、ロゼッタを呼んだ。
つまり、ロゼッタに逢いたいなどという理由ではないのだ。ただ後継者が必要だから、という理由なのだろう。
「そう……」
ロゼッタは純粋に父親に逢いたい気持ちがあった。
しかし、今までの話は彼女の気持ちを打ち砕いたに等しい。彼女は父親が自分を呼んだ理由は、自分と同じ気持ちなのだと思っていたからだ。
だが、父親は違う。
ロゼッタを必要としているのではない。
(……なら、お父さんは私が継ぐつもりはないって知ったら、こんな娘なんかいらないって言うのかしら……?)
先程と打って変わって表情を暗くしているロゼッタ。そんな彼女の心中など彼らが気付く筈もなく、不思議そうに声を掛けた。大丈夫、という短い言葉だけが彼女から返ってきたのだった。だが、彼女の心はここに有らずという感じだ。
「リカード、貴方はどう思ってるんですか?」
「は?何が?」
突然のシリルの問いに、リカードは面食らった様に尋ねた。
「ロゼッタ様の王位継承を反対してますが……まさか、王子が継げば良いとか思ってます?」
「まさか」
リカードは心外だと言いたげな表情をすると、鼻で笑った。
ロゼッタの王位継承を反対しているが、唯一の王子の王位継承も彼は認めていない様だった。心の底から賛成していない様に窺える。
「俺が認めてる王は陛下のみ。そこの女にも、あの王子にも仕える気はない」
「ですが……いずれ王は退位する時が来ます。その時どうするつもりですか?」
「……」
リカードはそれ以上言葉を発しなかった。それは言葉に詰まったから、というわけではなさそうである。ただ、天上の月を見上げていた。
すると、彼はすっと立ち上がった。
「……その時は、騎士の位を返上するだけだ。ちょっと周りを見回りしてくる。お前らはここで待ってろ」
ロゼッタやシリルの返事も聴かずに、リカードはさっさと歩いていってしまった。まるで話を逸らすかの様に。彼の姿はすぐに森深くに消えていき、闇夜に紛れて見えなくなっていった。
これ以上その事について何も話したく無いからなのか、それはシリルにも分からなかった。
(6/17)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]