27
*** 昼間は賑わっていた離宮内も、すっかり静かになっていた。宿直の者以外は既に深い夢の中だろう。
カタリ、と窓際から音が聞こえた。
施錠がされていたというのに、薄暗い中バルコニーに繋がるガラス扉がそろそろと開き始める。音は最小限出さぬ様に丁寧に。
ようやく人一人入れる隙間が開いたと思ったら、一つの人影が素早い動きで入り込む。
そっと音も無く歩き出す人影は天蓋のある巨大なベッドへ近付いた。一人分の膨らみがあるベッドの上では規則正しい寝息が聞こえてくる。寝息の主はすっぽりと掛け具に包まれており、隙間から銀色の長い髪が覗くだけである。
ニタリと笑い、人影は音も無く短剣を袖から抜き取る。
刃が月光を反射しながら柄を片手で握り、思いっきりベッドへと振り下ろす。
しかし突然勢い良くめくり上がった掛け具が、短剣を持った人影の方へと飛んできた。振り下ろした筈の短剣は空を切り、掛け具が男に覆い被さる。
すぐさま掛け具を払い除け、人影はベッドへと目を向けた。
「はっ!」
双剣を構えたセピア色の髪の少年――アルブレヒトがベッドから飛び上がり、人影目掛けて力任せに凪いだ。
大ぶりになった攻撃に、人影は咄嗟に後ろへ下がりながらも所持していた短剣でアルブレヒトの剣戟を軽く弾き、軌道を変える。
床に降り立ったアルブレヒトは険しい表情で再び双剣を構え直した。
「……替え玉か」
若い男の声だった。体格的に男だとは思っていたが、頭からすっぽり黒いローブを被っている為外見は分からなかったのだ。声からして随分と若い。二十代そこらだろう。失敗したというのに笑いを含んだ嬉しげな声だ。
しかし油断ならない、とアルブレヒトは双剣を握る手に力がこもる。
「本物の王女はどこにいる?」
「…………言うわけがない」
そう、ここは確かにロゼッタの部屋だった。普段ならばロゼッタはここで眠っている頃だが、今日はそういうわけではない。リーンハルトの案により彼女は別室に移され、今頃何も知らずに眠っているのだろう。
何も知らせずにラナとエリノアと一緒の部屋にしたのは、万が一のための「保険」だとリーンハルトは言っていた。
そして部屋の主がいなくなった事を気取られない為に、わざわざ用意した銀髪のカツラを着けたアルブレヒトがベッドに潜んでいた。
「あっはははは、まさか勘付かれていたとは! オマエの事は知ってる。王女の側近、アルブレヒト=ハンフリー。元は王の侍従で歳は十五。得意武器は双剣」
隠密行動が基本の刺客という割りには笑い声は明るかった。
男の言う通り、リーンハルトが今夜辺りにロゼッタ暗殺の刺客が来ると予見していた。そしてアルブレヒトはその指示に従っている。
「じゃあ、こうしよう。ここから部屋を出て、会った人全員に聞く。そして答えなかったら一人ずつ殺す」
うん、そうしよう、と男は笑った。何とも恐ろしい事を言いながら無邪気に笑う男だ。
あまりにも無邪気に笑うものだから、ついアルブレヒトの脳裏をノアが過ぎった。彼もまたある意味無邪気な性格だが、こういった害が無いのが救いである。
ノアは戦闘要員ではない為、今回の作戦には不参加。そして何も知らされていない。見張り等を極端に増やせば勘付かれると考えたリーンハルトは、最低限の人にしか知らせなかったのだ。
「ここを通すつもり、無い。捕まえて、雇主吐かせる」
無論、雇主には心当たりがある。むしろ一人しかいないとリーンハルトもリカードも思っているが、証拠がなければ糾弾も出来ない。
逆にこれはチャンスなのだ。ここで上手く刺客を捕らえれれば証言を引き出せる。
「へー、一人で?」
そう言うやいなや、男は床を蹴り、最小限の動きで短剣でアルブレヒトへ斬りかかった。先程は一本だった短剣がもう一本増え、両刀になっていた。
敏捷な動きが得意な筈のアルブレヒトだが、それでも男の動きは攻撃を防ぐだけで精一杯だった。咄嗟に双剣で防いだものの、男の動きも早い。右、左、右、と続々と短剣が乱舞した。
一糸乱れぬ動きと連続的な攻撃に、アルブレヒトは防ぐのに徹していた。
すると、男が脇を狙い、回し蹴りを繰り広げる。隙を突かれたアルブレヒトの脇腹に見事に入り込み、態勢を崩した彼は床に転がった。
流石は暗殺を得意とする刺客だ。十センチ程度の短剣の動きを見ていても隙のない素早さで、また体術も靭(しな)やかに的確に急所を突いてきている。
「うっ……!」
だいぶ治っていたものの、アルブレヒトは元々肋骨を骨折している。衝撃がモロに伝わり、脇腹と肋骨双方から痛みが伝わった。
「もうオワリ?」
見下ろしながら男は片足でアルブレヒトの胸を踏み付けた。うぐっ、とアルブレヒトが苦しみのあまり呻くが、踏んでいる男は楽しんでいた。
更に痛みを増させる様に、男はぐりぐりと踏み付ける。
「お、わり……じゃない……!」
アルブレヒトは男の左足首を掴んだ。がっしりと爪が食い込む位に。
「アルブレヒト、そのまま掴んでいろ」
声と同時だった。
部屋に踏み込んできたのは黒髪の男で、腰の剣を抜きざま刺客の男に向かって横から一閃。目にも留まらぬ速さで刺客の男の胴目掛けての一太刀だった。
足を掴まれ動けない刺客の男は上体を逸らし、剣を既の所で避けた。剣は避けたものの、黒いローブの端が切り裂かれる。その衝撃で、するりと頭部のローブが脱げた。
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