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リーンハルトとの今までの交流を思い出してみるが、大半がセクハラされた記憶ばかりだ。確かに助けてくれた事も何度もあるが、それはロゼッタが姫君だからだと思っていた。
ロゼッタとリーンハルトの関係はまず、姫君と軍師という立場あってこそだから。
もしロゼッタが姫ではなくただの村娘のままであったなら、彼はロゼッタに女の子としての興味は持ったとしても、こんなに面倒を見てはくれないだろう。
「元々リーンハルト様は女性にマメな方ですけど、最近は派手な遊びもされてないようですし。姫様への気遣いは人一倍気にされてるみたいですわ」
「そ、そうなの……?」
ロゼッタに対しては丁寧だとは思うが、それは女性には一律だと思っていた。しかし、彼女の話を聞く限りロゼッタは「特別」違うらしい。
「ええ。姫様が初めて離宮に来た時気絶されていたでしょう。すぐにお部屋へお連れしたのが私達ですけれど、一日に何度も様子を見に部屋に行かれるリーンハルト様を見ていますわ」
初めてこの離宮に来た時の事はロゼッタはよく覚えている。森の中で彼女はルデルト家の刺客に魔術を使った。その時の疲労のせいで倒れ、気絶した状態で離宮に運び込まれたのだ。
目覚めれば見知らぬ室内。あの時は誰も側に居らず、かなり動揺したのを覚えている。
そして人を探しに部屋を出た時に出会ったのがリーンハルトだ。初対面にも関わらず昼間から堂々とセクハラ行為を飄々と行い、夜には夜這い未遂。思い返すと腹立つ記憶ばかりが蘇ってくる。
しかしエリノアの話を聞き、あの時に廊下で会ったリーンハルトは、実はロゼッタの部屋へと向かっていたのだろうか、とそんな考えが過る。
「それ、本当に……?」
「私もグレースも何度も見てますわ。寝てる姫様を少し眺めては何もせずにお戻りになられてましたもの」
ロゼッタの知っているリーンハルトならばそこで悪戯の一つや二つはしていそうだが、エリノアの話に出てくるリーンハルトはまるで別人だ。
その時の光景をロゼッタは見ていない。だから、リーンハルトがどんな心境で、どんな表情を浮かべて眠る彼女を見ていたのだろうか。
「……でも、それは私が『姫様』だからでしょ」
「そうですわね、それを言ってしまえばそうかもしれませんね」
あっさり肯定したエリノア。
ロゼッタは少し安心した様な、違う答えが欲しかった様なそんな複雑な心境だった。
「でも、ロゼッタさんが気絶されている間にシリル様やアルも何度も来てましたよ」
お見舞いをするリーンハルトはあまり想像出来なくても、その二人の光景はロゼッタは容易に想像出来た。
彼女が目覚めるまで沢山心配をしていてくれたのだろう。
あの時は見知らぬ環境に入ったばかりでその事を考える余裕も無かったが、今思い返してみると、二人にも沢山迷惑を掛けていた気がした。
「では姫様、シリル様はどうです? とても懐いていらっしゃいますし、結婚相手には最適だと思いますわ」
「シリルさんが夫だったら安定感はあるとは思うけど、シリルさんに対してもさっきの二人と同じよ。あ、でもシリルさんは友人っていうより……先生って感じだけど」
もし男性陣の中で結婚するならばシリルさんが一番最適だとはロゼッタ自身思う。しかし九歳の差があるとどうしても恋愛感情というよりは信頼感だ。
それにシリル個人、とてもしっかりとした大人で良識がある。歳の差を抜きにしても、彼には師としての尊敬の念が強いだろう。
「でも結婚するなら一番良いのはシリル様ですわよね」
「私もそう思います……」
しかもこの場ではシリルに対する印象は満場一致。結婚するならばシリルの様な男性が良いと皆が頷いていた。
年の割に現実味溢れる回答に、三人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ大穴でノア様か、アルブレヒトとか? 姫様は意外と年下好きなのかしら?」
残るは二人、当然名前が出てきた。予想はしていたので、やっぱりかとロゼッタは溜息を吐いた。
「その二人も同じよ。ノアは……年上だけど手のかかる弟みたいな感じだし、アルも友達というか弟というか」
「でも最近ノア様は姫様にべったりみたいだけど」
「あ、そういえば言われてみればそうですね。最近地下室以外でノア様を見かける機会が増えた気がします」
「ラナってばこの子はもう鈍いんだから……」
「?」
ノアの態度はああも分かりやすいというのに、にやにやと笑うエリノアの意味を解した者はいなかった。ロゼッタもラナもノアがロゼッタにべったりな理由が分からず、首を傾げている。
エリノアが特別敏いわけではない。この二人が鈍いのだ。
ここでバラしてしまった方が彼女にとってもノア自身にとっても手っ取り早い気がしたが、ロゼッタが自分から気付かなければ意味がない。ノアがべったりなその理由を、エリノアは胸の内に大事に仕舞っておく事にした。
「まぁ……姫様がこの調子ではお世継ぎ様はいつ誕生されるのかしら」
はぁとこれ見よがしに、エリノアは頬に手を当てて溜息を吐いた。
「よ、世継ぎって早いわよ……」
ロゼッタはかああっと頬を朱色に染める。
いつか子を成すのは当たり前に近い価値観の世界だが、まだ漠然としか結婚も子供も考えていない。感覚がまだまだ子供の域を抜け切れていないロゼッタは気恥ずかしさの方が勝っていた。
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