5
月も大分空の高い所まで上がっていた。
パチパチと火の粉が音を立てて焚き火から舞う。赤と橙色が入り混じった火は、煌々と天上を目指して燃え、辺りを照らしていた。四人は焚き火を囲み、ただ火を見つめている。
あれからすぐに木の枝を拾ったロゼッタ達は、焚き火をし、携帯食料で夕飯を済ませた。特に話題も提供する人も、する事もなく、静かな時間だけが過ぎている。
「……明日には離宮に着きますね」
重い沈黙を破る様に、シリルが呟いた。うむ、とアルブレヒトもすぐに頷く。二人はロゼッタを迎えに行く為に一週間程前から王都を出ていた。ようやく帰れるのが嬉しいに違いない。
「シリルさん、離宮ってどんな所なんですか?」
「そうですね……正式名称はリヴァール離宮と言いまして、王都の本城より小さいですが庭園が美しい事で有名です。それから周りが木々で囲まれ、近くの町へ行くのも馬車で十分掛かる為とても静かな城ですよ」
「へー。普段は何に使うんですか?」
「ある意味王の別宅扱いですね、あれは。それから静養する時などにも使います。でも今度からロゼッタ様の居住地となります」
話で聞く限り、その離宮はどうやらなかなか豪華で素敵な城らしい。それが自分の居住地になるとは、教会に住んでいたロゼッタには夢の様な話だろう。
二人が話している間、リカードは頬肘を付きながら二人を見ていた。しかし話しに混ざる事もなく、欠伸を噛み殺す。
アルブレヒトは焚き火の火で残りのパンを焼き、蜂蜜を付けて食べようとしていた。
「普段は誰か住んでいるの?」
「普段は管理している使用人が何名か。今回ロゼッタ様が来るという事で、陛下の信頼出来る最低限の使用人が数名移動となりました。それから、私やアルブレヒト、リカードもそちらに移り住むという形になります」
「……迷惑極まりない話だがな」
話の腰を折るかの様に、リカードがぽつりと呟いた。ロゼッタは怯まずに彼をギロリと睨んだ。だが彼は無視してそっぽを向いている。
「ロゼッタ様、リカードの言う事は気にしないで下さい。私やアルブレヒトは気にしてませんから」
人の良いシリルは苦笑しながらロゼッタを宥めようとしている。だが、彼女はむっとした表情でリカードを見ていた。
「お陰でこっちは城に通う羽目になった。今までは城に住んでいたから良かったものの……」
「なら、住まなきゃいいじゃない」
「住みたくないが、仕事だからだ。それに、いつルデルト家が動くか分からないからな」
「あ……」
今まで忘れかけていた単語に、ロゼッタは言葉を失った。今日襲われた際、男達の口から何度か「ルデルト家」という単語が出ていたのだ。
後からシリルに聞こうと思っていたが、忘れていた。
「ねえ……ルデルト家って、何?」
聞きたい事はルデルト家だけじゃない、まだ沢山ある。王位継承者としかシリル達には言われてないが、まだ聞かされてない事がありそうなのだ。
それに男達は言っていた。ロゼッタは王の隠し子なのだと。
「……シリル、まだこの女に何も話してないのか?」
「なかなか、話すタイミングが……言いづらいじゃないですか」
リカードに詰問され、シリルは気弱げに答えた。だんだんと末尾が小さくなっていく。
彼の返答にリカードは深い溜め息を一つ吐いた。
「……女、仕方ないから説明してやる。一回しか言わない。よく聞け」
「女って呼ばないでよ」
だがロゼッタの言葉は無視し、リカードは静かに話し出した。ルデルト家の事、そしてロゼッタの父である王の事を。
彼にしては慎重に言葉を選んでいる様に伺えた。焚き火に赤く照らされた表情は、まさに真剣そのものだ。
「ルデルト家というのは元々貴族の一つの家だ。そして……今はその当主の妹が、王の正妻をしている」
「……つまり、私のお父さんの奥さんの実家?」
「あぁ」
リカードは静かに頷いた。案外ロゼッタも頭は悪くない様なので、話の飲み込みは早い。
しかし、リカードは彼女に「だが誤解するなよ」と付け加えた。
「陛下の正妻はお前の母親じゃない。お前の母親は王以外知らないからな」
「それじゃ、私の本当のお母さんは……?」
「知らん。陛下は何も言わなかった……少なくとも、王宮にはいないだろう。話を戻すぞ」
このままでは話がルデルト家から逸れ、ロゼッタの実母の話になってしまう。脱線してしまう前に、リカードは話を元の方向に戻した。
「陛下と正妻の間には息子が一人いる。一応そいつが第一王子……年齢的にはお前の弟だな」
「弟……」
血の繋がりは半分しかないとはいえ、弟が本当にいたのは知らなかった。しかし嫌ではない。弟がいるという話はロゼッタにとっては嬉しい話なのだ。
だが、今までの話とルデルト家、ロゼッタを殺そうとしている事が上手く繋がらない。
ロゼッタは口元に手をあて、しばしば考えた。しかしロゼッタを殺そうとする理由が、彼女にはまだ分からなかった。
「ねぇ、よく分からないわ。だからって何で私を殺そうと……?会った事だって一度もないのに」
「会った事ある、ないの話ではない。第一王子がもし王位を継げば、母親の実家であるルデルト家はかなりの権力を得る。それは、国を動かせる程の、な……」
そこで何となくロゼッタは分かった気がした。
ロゼッタを殺そうとしていた男達は言っていた。彼女は国を揺るがす存在なのだと。
「という事は……私が現われたから、ルデルト家が権力を得られるか分からなくなってきたって事?」
そうだ、とリカードは頷いた。
理由は案外シンプルかつ、黒くてドロドロとした背景が見え隠れしていた。ロゼッタはいつの間にか巻き込まれていたのだ、血なまぐさい後継者争いに。
リカードが言うには、権力と地位を得る為ならば小娘一人消す位造作ない事らしい。
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