アスペラル | ナノ
4


「で……何で、こうなったのかしら」

 どこまでも続く木々に囲まれた果てしない道を歩きながら、ロゼッタは疲れた様に呟いた。別に彼女は歩くのに疲れたわけではない。言うなれば、精神的な疲れが彼女に出ていた。

「それはこちらの台詞だ」

 そう呟いたリカードもロゼッタの様な精神的な疲れが出ている。だが、それよりも不機嫌が勝っていた。

 馬車を降りたロゼッタだったが、その際様々なゴタゴタがあった。降りる、降りない、降りるな、といった攻防が。
 そして最終的に、何故か全員が降りて歩いて行く羽目に。リカードを先頭に一行は森の中を歩いていた。馬車で行くならば迂回して普通の道を行くのだが、今回は歩くという事で近道として森を突き抜けていく事にした。

「……だったら、別にあんたは降りなきゃ良かったじゃない」

「お前を送り届けるが俺の仕事なんだ。仕方がないだろう。陛下の命だから、こうして付き合っているが……命では無かったら即刻置いていっている」

「私は付き合ってって頼んでないわ」

「お前に頼まれても、俺は絶対に付き合う気はない。陛下に頼まれたから、だ。自惚れるな」

 ロゼッタは頬を引きつらせ、リカードは眉間に皺を寄せる。馬車を降りてから、二人はずっとこのような調子だった。互いに何かを呟けばつっかかってくる、そんな会話しかしていない。

「ロゼッタ様、疲れた?」

 近くを歩いていたアルブレヒトは、こうしていつでも彼女に気を遣っていた。彼女が歩き疲れたと思ったのだろう。

「平気よ、アル」

「自分、背負う。いつでも大丈夫」

「え……?おんぶって事?別にそこまでしなくても大丈夫だから」

 心配してくれるのは嬉しいが、彼の場合過保護過ぎる。彼女が呆れてしまう程に。
 確かに見た目にそぐわず、彼は力強い。前にもロゼッタを抱えた事があるので、背負う事は出来るだろう。だがロゼッタはそんなに柔には出来ていない。

 村に住んでいた頃は村人の農作業を手伝ったり、山に登って薬草を摘みに行った事もある。
 歩いていく程度の体力はちゃんとあるのだ。

「……それにしても、リカードが来てくれるとは思いませんでしたね」

「シリル、それは嫌味か?」

「違いますよ」

 そう言いつつ、シリルは笑っていた。どうだか、とリカードは溜め息を吐いた。

「……案内が必要だろう」

「王都までだったら、私もアルブレヒトもちゃんと行けますよ?」

「……言い忘れていたが、陛下はあの女を離宮に連れて行け、と」

「離宮に?」

 王都から少し離れた所に、確かに離宮はある。王都には普段王が住む本城があるのだが、静養などに使う離宮も持っているのだ。
 城内では様々な問題が起こるからだ、とリカードは説明した。

 確かに王の判断は正しい。城には多くの者が出入りしている。王がいる城と言えど、ロゼッタを暗殺しようとしてくる輩も出てくるだろう。
 逆に誰にも知らせず、彼女を離宮に置き、周りを信頼出来る者で固めておいた方が安心出来る筈だ。

 その点で言えば、王がリカードを選んだのは正しい選択だとシリルは思った。
 彼はロゼッタの王位継承を嫌がってはいるが、王への絶対の忠誠を誓っている。王を裏切る様な真似は絶対にしないだろう。また、彼はこう見えて正義感が強い。そんな彼が裏切りという行為はプライドが許さない筈だ。

 ロゼッタを守れと王が言ったならば、彼は王の信頼の為に必ず守り切るだろう。

「……ハルト、ノアの両名は離宮で待っている筈だ」

「それで、私やアルブレヒトはどうすれば?」

「王の勅命で、俺らは離宮に住む事になった。使用人も最低限しかいない。お前らは続けてあの女を守れと仰せだ」

 今まで文官だったシリルだが、どうやらいつの間にか王の信頼を得ていたらしい。王の娘を守るという大任を任されたのだから。
 シリルは苦笑して肩を竦めた。この調子では、なかなか賑やかな生活を送る羽目になりそうだ。

「そういえばシリルは家庭教師も兼任か?」

「そうなりますね。貴方も剣術を教える立場でしたよね」

 するとリカードは渋い表情を浮かべた。見るからに彼は嫌そうだ。
 二人の様子を見てれば、こんな表情を浮かべるのも納得だが。

「……陛下はあぁ言ったが、教える必要性が分からない。ひ弱な女に教えた所で役に立つのか?」

「では、教えない気ですか?」

「教えてやる気はないな。俺は騎士団の方だってある、忙しいんだ」

 どうやら彼の言葉は本気の様だった。確かに彼は騎士団を束ねる人物で、忙しいのは本当だ。だが合間に軽く護身術程度に教えるのは可能だろう。
 しかし、騎士として他人に、しかも女に剣術を教えるというのは誇りが許さないに違いない。彼のプライドの高さはシリルも知っている。

「……シリル、リカード、そろそろ夕刻。これ以上進むのは無理」

 二人が空を見上げると青かった空がいつの間にか橙色に染まっていた。馬車を降りてから早数時間、大分歩いたに違いない。

「ですね、そろそろ野宿の準備としましょうか」

「もう野宿の準備するんですかシリルさん?早くありません?」

「いえ、早くはありませんよ。森の魔物は夕方頃から朝方まで活発になりますからね。あまり遅くまで歩いていると、襲われる危険性があります。無理せず今日は休みましょう」

「分かったわ」

 そして森の中で立ち止まったロゼッタ達は急いで野宿の準備を始めたのだった。


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