アスペラル | ナノ
3


「シ、シリルさん……そんなに気にして無いから大丈夫よ」

 せめてこの空気を緩和出来たら、と思っての発言であった。ロゼッタ自身がこう言えば事態は収まると思ったのだ。しかし、予想外にもこれは逆効果となるとは彼女も思ってもいなかった。
 彼女の言葉を聞き、リカードがギロリと睨んだ。

「……余所者が口を挟むな。そもそも、陛下の御子だ?そんな証拠どこにある。大方、王族になれるとでも思って来たんだろうが……お前みたいな女がそう易々と王になれると思うなよ」

「リカード!」

 思っていた事が爆発したのだろう。リカードの口から次々と飛び出してきたのは辛辣な言葉であった。慌てて彼の口をシリルは塞ごうとするが、リカードからは手を叩かれる始末。
 当の言われた本人は、水色の目を大きく見開いて彼の紅い瞳を見ているだけであった。

「権力にでも群がる気か?俺はそういう奴が大っ嫌いなんだ…………俺はお前を王とは認めない。認める気もない。とっとと人間の国にでも帰れ」

「リカード!ロゼッタ様に無礼!」

「黙ってろアル。俺はこの女と話してるんだ」

「……」

 だが、ロゼッタは黙ったままであった。真面目な表情でただリカードを見ているだけ。悲しんでいるわけでも怯えているわけでもない。ただ静かにそこにいるだけであった。
 アルブレヒトの制止の声でも止まらないリカードは「何か言え」と促す。もう止められないと判断したシリルは、緊張の面持ちで双方を見ていた。

「……それとも、図星で言い訳も話せないか?」

 何も喋らなくなったロゼッタに、リカードは鼻で笑い冷えた瞳で彼女を見る。

「ふざけないで」

 すると、彼女の口からようやく言葉が紡がれた。しかも先程から辛辣な言葉を吐き出しているリカードに対し、かなり強気な語調である。
 いきなりの反撃に、リカード本人も驚いた様な表情をしていた。彼はどうせ相手は女なのだから、悲劇のヒロインの如く泣くか、ヒステリックに叫ぶかのどちらかを想定していた。しかし、彼女は冷静に言葉を返している。しかも、リカードに怯む事なく。

「勝手に物事を想定して話さないで。誰も王になりたいなんて、言ってないでしょ」

 それは事実。彼女は王になりたいからという理由で、アスペラルに来たわけではない。ただ父親に会いたかったからだ。

「はっ、なら何で来たんだか……それとも、莫大な王の財産のお零れでも貰おうと思って来たのか?」

「違うって言ってるでしょ。私はただお父さんに会いたかっただけよ……勝手に誤解して決め付けないで。この…………勘違い男っ!」

「なっ……?!」

 彼女も勝手な決めつけをされ、結構怒っていたのだろう。しかし、微妙に勘違い男の使い方が違う。言った本人はあまり気にしていないのだが。
 すると、リカードの額に青筋が浮かんだ。

「この女……!」

「女って呼ばないで。名前も呼ばない人に、そんな事言われる筋合い無いわ!」

 両者一歩も引かずに睨み合った。初対面なのに珍しくロゼッタは遠慮をしていない。リカードの方も苛立ちは最高潮にまで達していた。

「……母親もどこの馬の骨か分からないくせに」

 次の瞬間、パシッと小気味の良い音が馬車内に響き渡った。
 ひりひりと痺れる様な頬の痛みを感じながら、リカードは叩いた張本人であるロゼッタを見た。怒りと悲しみが入り交じった表情で、静かにリカードを見ていた。

 女性に頬を平手打ちされた経験など皆無な彼は、しばしば呆然としていた。

「ロゼッタ様、落ち着いて下さい……!」

 ようやくここで事の成り行きを見守っていたシリルが止めた。ロゼッタにちゃんと座る様に促し、リカードを一瞥する。彼の頬は赤くなっていた。

「……シリルさん、私馬車から降ります」

「え?」

「歩いて王都に……お父さんに会いに行きます。歩いてでも、明日には着くんでしょ?」

「確かに、着きますが……」

 シリルは困惑した表情で言葉を濁した。馬車なら今日中に着く。しかし、歩くなら丸一日は掛かるだろう。本来なら、シリルはちゃんと責任を持って、彼女を馬車で送り届けなければならない。
 だが、彼女の瞳は真剣だ。何か言ったところで、聞きはしないだろう。

 すると、アルブレヒトが立ち上がった。

「ロゼッタ様が、そう言うなら。案内、自分がする」

 彼は彼女の意思を最優先にするらしい。ロゼッタが馬車を出るならば、絶対に共に行くつもりの様だった。
 そんなアルブレヒトの様子を見て、シリルは頭を押さえる。

「アルブレヒト、あなたって人は……」

 彼女を止めるなら未だしも、それを助長する行動を取るとは思ってもみなかった。従者ならば、ここはロゼッタを止めて欲しかった。

「……降りるなら、私も共に行きましょう」

「シリル、お前まで……」

 そして、直後に馬車は急停車されたのだった。

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