アスペラル | ナノ
10

 リカードに連れて来られるまま、黄色い天幕の前へとやって来たリーンハルト。天幕は炎に巻かれ、逃げ場がない状況であった。しかも入り口は燃えた資材で塞がれ、中に入る事が出来なかった。
 ふう、とリーンハルトは溜息を吐いた。

「本当に行くの?」

 入り口を塞がれては行けないのに、横のリカードは行く気満々で「ああ」と答える。
 本当ならば王を見付ける事が優先の筈。シュルヴェステルならば放っておいても死にはしないだろうが。
 どちらかと言えば、リカードを放っておく方が危ないのが現状だろう。血気盛んな彼がここで敵兵と遭遇すれば、例え不利な状況でも絶対に立ち向かうに決っている。一応今回限りとは言え、今はリーンハルトの部下だ。放置するわけにもいかない。

「ここで子供を見殺しには出来ないだろうが。騎士として、放っておくわけにもいかない。それにもし陛下がここにいたら、真っ先に救うだろ」

 若い故に騎士としてのやる気が高いリカード。やる気があるのはいいが、自分まで巻き込まないで欲しいとリーンハルトは思った。正直ここで足止めは面倒臭い。
 しかし、ここで子供が居ないと証明しなければリカードは他に行かないだろう。既にリカードはどこから天幕内に入ろうかと思案している。
 しょうがない、とリーンハルトは諦めて右手を前に突き出した。

「 此処に風塵の讃歌紡がん
  第九の速禍の乙女
  世界を嘆く悲哀と熾烈の風沙
  かくも乙女は劔を振り下ろさん 」

 その瞬間、天幕の一部が大きく吹き飛んだ。生み出された風が炎の一部巻き上げた為、熱を帯びた爆風となり、赤い火を花弁の様に巻き散らしながら風は天幕に大きな穴を開けた。

「……おいっリーンハルト! 今のは力強過ぎるだろうが! 加減しろ!」

 何の予告もなし、突然魔術を使われて一番驚いたのはリカードだった。至近距離で天幕の一部が爆発したのだから、鼓膜が破れそうな程の爆音を近くで聞く羽目になったのだ。
 ごめんねぇ、とリーンハルトは悪そびれもせずに謝る。

「というかさ、それはこっちの台詞。元はと言えば、リカードお坊ちゃんが力加減しっかりしてればここまで大規模な火災にはならなかったんだけど?」

 ここまで大きな火災にならなければ、天幕の入り口が燃えた資材に塞がれる事もなかっただろう。塞がれる事もなければ、リーンハルトが風の魔術で天幕に風穴を開けたりもしなかった。
 本当の事を言えば、ここで足止めを食らった事に苛つき、リカードに八つ当たりをしているだけである。

「リカードお坊ちゃん、本当に子供がこっちに来たの? 見間違いじゃなくて?」

 天幕に穴を開けてみたものの、中に人気はなかった。薄暗く、檻や荷物ばかりで人がいる様な環境でもないだろう。
 やはり見間違いじゃないのか、という疑わしげな瞳でリーンハルトはリカードを見る。

「だからお坊ちゃん言うな……! 子供は絶対に見た。小さい子供がこっちに来た筈だ……今回は人間だろうが魔族だろうが、子供は保護するのが仕事なんだろ」

「まぁね」

 本当に居ればの話だけど、とリーンハルトは付け足す。

「というかこんな所で油売ってるより、俺は早くシルヴィーの元へ行くべきだと思うけどね」

「ふん、だったらお前一人で先に行けばいいだろ」

 リカードは不機嫌そうに天幕内に足を踏み入れる。明かりはないが、周りの炎が丁度良く中を照らしてくれる。
 リーンハルトは溜息を一つ漏らし、彼もまた中に入った。

「だって『軍師』の俺が『新米騎士』のリカード置いてって死なせたら、色々問題でしょ。新米だから実戦経験少ないし」

「新米騎士言うな! お前とて軍師としては今回が初陣だろうが! つい先日侍従から軍師になったからって偉そうに……!」

 言い争いをしている暇はないとは言え、やけに突っかかってくるリーンハルトにリカードは青筋を立てて怒る。
 そんな彼の言い分は無視し、リーンハルトは天幕内をじっくりと見渡した。
 檻の中には檻がいくつも並んでいる。中には芸をすると思われる猛獣やあまり見たことのない珍しい生き物などがいた。外の騒ぎに興奮したのか、二人の侵入者を見て唸る獣も居れば、狭い檻内を駆けまわる生き物も。

「偉そうって言われても、実際偉いわけで……ん? リカード、あれ」

 魔族なんて居ないんじゃないかと、リーンハルトは踵を返そうとした。しかし、天幕内の一角、目を凝らすと身を縮こまらせた粗末な身なりの子供が二人居た。
 檻の中に、男か女か判別できない青い髪のガリガリに痩せ細った子供。その檻の外に更に小さいセピア色の髪をした男の子。人間か魔族かは判別できないものの、見付けたからには保護しなければいけない。

「俺の言った通りだろ」

 それ見たことか、とリーンハルトが指差した方向を見てリカードは嬉しげに言う。

「あー、はいはい、偉い偉い。リカードお坊ちゃんは偉いね」

「何だその投げ遣りな態度は! もっと言う事があるだろうがっ!」

 疑った謝罪が聞きたかったリカードだが、リーンハルトがそれを言う気はなさそうである。謝罪を要求しても、彼はさりげなく全て無視していた。

「さて、早速お仕事しようか」

 リーンハルトは一歩、また一歩と近付いて片手を上げ、短い詠唱をする。バキンッと音を立てて檻が風の魔術で鋭利に切られ、元は檻だったものがゴロゴロと地面を転がった。
 彼は二人の子供を見下ろす。
 強張った表情の子供達はただただ怖がるように、リーンハルトに射るような眼差しを向けていた。

(10/19)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -