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しかし、一度戦場ではぐれた王を見付けるのは至難の業だった。
街に入ると突然の襲撃に街は騒然としており、ゆっくりと探している暇など無かった。兵士達が全員命令通りに動いているのには安堵しつつも、内心王の事だけが二人は気掛かりだった。
ベルナルドもまた二人とは別れ、一人で王を探しに行ったらしい。
シュルヴェステルの剣の腕前は知っている。彼が王子だった時代から磨かれてきた腕だ、そこら辺の兵には負けたりはしないだろう。だが、無事を確認するまでは安心は出来ない。
「全員、予定通りみたいだね」
シュルヴェステル以外は命令通り、二手に分かれて同胞の救助に向かっている。
「……俺も予定通りにするべきか?」
本来ならばこのタイミングで、人気のない場所からリカードが火を放つ予定だった。辺りには人間がおらず、好機と見える。
リーンハルトはしばし考えた後、そうだね、と短く返した。
「火を放とう。それから兵に指示して、退路の確保だけは急がせて」
「……分かった」
リカードは近くの兵士を呼び止め、リーンハルトの命令により退路の確保を急がせる。民兵を攻撃から身を守り、同胞を捜索し、退路の確保まで命じられている。兵士達の動きは忙しなかった。
もう一度リカードは辺りを見回し、人間がいない事を確認する。居ないことを確かめると、意識を集中させた。
「 火影は熱を帯び
瞋恚(しんい)に燃ゆる終止
下す業火の深意を解せ 」
今回同胞を救う上で大切な事は、彼らが魔族だという痕跡を残さない事だ。
勿論、魔族を助ければ犯人は魔族だと人間は予測出来る。しかし証拠がない以上は、シュルヴェステル達もしらばっくれられる。
そう、今日街を襲ったのは謎の集団であって、アスペラルの部隊ではない。
だから彼らは黒い衣服を身に纏いつつも、国章は付けていなかった。そして、リカードが火を放つ以外は魔術を禁止しているのだ。もし見られればリカード達が魔族である事が一発でばれる。
「 是、猛る炎帝の神威なり 」
リカードの持つ剣が媒体となり、炎が駆け走る。魔術で生み出された炎が一直線に見世物小屋へと到達し、瞬く間に飲み込んだ。
ゴオオと轟音を立てて見世物小屋が燃え始め、人間達が飛び出してくる。今回は虐殺が目的ではないのだ。逃げてくる人間達は全て戦意がないと見て見逃した。
しかし、とリーンハルトが燃える見世物小屋を見て珍しく眉をひそめた。
「リカード、火力強すぎない?」
確かにリカードの想像を超えて炎は勢いを増している。魔力の量の加減を見誤ったかもしれないが、彼の高慢なプライドはそれを認める事が出来なかった。
「……気のせいだ」
「あ、最初の間はなに? 本当は間違って強くなっちゃったなーとか思ってるんだろ!」
「煩いぞリーンハルト! 俺はもう行くぞ!」
図星を指され逆切れしたリカードは、足早に見世物小屋周辺へと急ぎ出した。それをリーンハルトは追いかけ続ける。
街のだいぶ外れに位置している見世物小屋は小屋と付くものの天幕式だった。大小様々、色とりどりの天幕が一帯に張られており、どれが会場や倉庫、見世物の収納部屋なのか分からなかった。
斥候はそこまで探れなかった為、ここからは手当たり次第という事になる。
「とにかく、シルヴィー探すのが優先だよ」
「分かっている。逐一煩いぞお前は」
リーンハルトに苛々しながらも、まるで火を掻き分けるようにリカードはずかずかと進んでいく。実際この火を出したのはリカード。術者である彼を燃やすような事はなく、剣で掻き分ければ簡単に道が出来ていく。
ふと、茶色いものが走り抜けていく。リカードは赤い瞳を瞬かせた。
「おい、リーンハルト。今の見たか?」
「え? シルヴィーでも居た?」
リーンハルトは違う方向を見ていたのか、彼は見当違いなことを言う。
違う、とむっとした表情でリカードは否定した。まるで仕草はまだ子供だと言いたげにリーンハルトは溜息を漏らした。
「子供だ。子供があっちに行ったんだ」
リカードが指差したのはとある一角にある黄色い天幕。これも炎に囲まれていた。
するとリーンハルトは怪訝そうな表情でリカードを見た。まるで、彼の言葉を疑っているかの様である。
「こんな所に? 見間違いじゃないの?」
やはりリカードの言葉など全く信じていなかった。
「本当に居たんだ。行くぞ、リーンハルト」
これではどちらが上司で部下なのか分からない。だが、リカードに半ば無理矢理付き合わされる形でリーンハルトは炎の向こうに見える黄色い天幕へと向かったのだった。
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