アスペラル | ナノ
8


「ほお、これは凄い」

 夜食を食べ終えたシュルヴェステルは、天幕から出ると素直に感嘆を漏らした。
 ベルナルドを連れて外に出てみると既に隊列は組まれ、統制が取られていた。その先にいるのはリーンハルトとリカード。
 全員が王の登場を待っていた。

「陛下、準備は完了しました」

 立ち止まっているシュルヴェステルの元にリカードは駆け寄り、跪きながら準備の完了を告げた。

「ご苦労様、リカード。君のこれからの働きに期待しているよ」

 ありがとうございます、とリカードは一層頭を下げた。
 敬愛する王からの労いの言葉は何よりも嬉しい。例えそれが社交辞令だったとしても、新米の騎士であるリカードが期待しているとまで言われたのだから、彼にとっては最上の褒美なのだ。
 嬉しくて緩みそうになる表情を無理矢理引き締め、リカードは立ち上がった。

「陛下、是非皆にも何かお言葉を与えていただけないでしょうか」

 王の言葉は兵の士気を高めるのには最適。リーンハルトも待機する兵士に号令を掛ける事なく、シュルヴェステルの言葉を待っていた。
 そうだねぇ、とシュルヴェステルは緊張感のない表情で馬に跨ると兵達の前に立った。
 騎士団の精鋭しか連れて来なかった為、一つの騎士団よりも兵の数は非常に少ない。馬上から皆を見下ろせば、数分で全員の顔を覚えられそうな気もする位だ。一人一人、端から端まで兵士達を眺めると王は静かに口を開いた。

「我々が目指すべきは不当に捕らえられた同胞の救出。人間を一人でも多く殺す事が祖国の為になる事ではない。また、その生命を投げ捨てる事も祖国の為にはならない」

 静かな空気に響き渡るシュルヴェステルの声。決して大きな声ではないのに、まるで直接響いてくる。

「一人でも多くの同胞を背負う事が祖国の為になる事と思え」

 一気に増した緊張感にリカードは息を呑んだ。実戦経験が全くないわけではないが、こうして王と共に戦場に出るのは初めて。
 王の言葉に刺激されて鳥肌が立ち、気分が高揚していく。
 此処にいた理由を忘れかけていたが、それは王の言う通り「同胞を救う」という目的あってこそ。それは騎士の名に恥じぬ名誉ある戦いだ。
 シュルヴェステルは黒い馬に跨ったまま、左手には手綱を、右手では腰の剣を抜いた。

「大義は我々にこそある」

 王が剣を掲げると、感情が高ぶり野太い歓声が溢れだす。
 シュルヴェステルは握った剣の切っ先を眼下の街、そして見世物小屋の方へ向けた。

「続け……!」

「おおおおおお!」

 まるで黒い雪崩だった。黒い衣服の男達が王の号令を受け、街へと続く坂をもの凄い勢いで下っていく。声と走る音が轟音の様に重なり、大地が揺れているのかと錯覚しそうになる。
 一瞬その勢いに圧倒され呆然としていたリカードだが、慌てて自分も馬に跨った。
 王には期待していると言われたのだ、その言葉に応える為にも遅れを取るわけにはいかない。

「ハルト! 俺らも行くぞ!」

「分かってる。作戦通りに行くから」

 リーンハルトも手綱を掴み、馬に乗る。だが振り返って残った面子を見てみると、リカードとリーンハルト、そしてベルナルドだけであった。当初の予定ではそこに居るべき王シュルヴェステルの姿が既になかった。

「……シルヴィーは?」

 普通ならば王であるシュルヴェステルは後方に居て、どっしりと構えているべき存在。しかし今は居ない。
 ベルナルドに尋ねつつも、リーンハルトは何となく予想はついていた。

「どうやら、そのまま本当に先陣切って行かれたようだ……王が」

 ベルナルドは慌てた素振りは一切見せず、どちらかと言うと諦めた様な表情で溜息を吐いた。よくここで彼は落ち着いていられるものだとリーンハルトは思う。
 いや、本当の事を言えば王が初っ端から突っ込むのはいつもの事なのだ。部下が止めても聞きはしない。それにシュルヴェステルは若い頃から戦場に立つ事が多かった王、魔術や剣術の腕は中途半端な腕ではない事は周知の事実。
 しかし王の性格や実力を知っているとは言え、リカードもリーンハルトも一気に青ざめる。

「追うよリカード! シルヴィーが優先だよ!」

「そんな事百も承知だ……!」

 急遽二人は予定を変更。急ぎ王シュルヴェステルの行方を追ったのだった。

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