アスペラル | ナノ
6


***



 今から五年前のことだ。
 人間の国アルセル公国の北東に位置する街クロング。その街を臨む小高い丘の上にひっそりと陣を張る一団がいた。全員が黒っぽい衣服に身を包み、闇夜に紛れる様に息を殺して街の様子を伺っていた。
 魔族の国と呼ばれがちだが、正式にはアスペラル国。アスペラルの特別編成された部隊だ。目的は不当に捕らえられた魔族の救助。

「いやぁ、奇襲日和だね」

 単眼鏡で街を眺めながら、金髪の青年はにやにやと笑う。
 すると、近くに居た真新しい黒い軍服を着たまだ幼さを少し残した黒髪の青年はこ眉間に皺を寄せた。

「何が奇襲日和だ」

「何でそんなに機嫌悪いの? リカード坊ちゃん。俺付きになったのがそんなに嫌だったの?」

「分かってるなら逐一言わんでいい。それと、その呼び方も止めろ」

 ふん、と鼻を鳴らすと黒髪の青年は背を向けた。
 金髪の青年はリーンハルト。二十歳にして最近軍師に昇進したばかりの若き天才。
 そして黒髪の青年はリカード。アッヒェンヴァル家の嫡男で歳は十七。まだ新米の騎士で、多くを学んでいる最中だった。
 この二人の仲は正直良くなかった。その原因はリーンハルトが会う度にリカードをからかい、彼を「リカード坊ちゃん」などと呼ぶからである。勿論、その呼び方は心の底からそう思っているからではなく、単に鼻で笑っているだけなのである。
 リーンハルトも彼に対し色々思う事があるのだろうが、折り合いが悪かった。

「……どうして俺がこんな奴と」

 リカードは心底嫌そうに呟いた。

「文句があるならシルヴィーに言ってよね」

 頬杖をついて、リーンハルトは応戦する。
 事の発端は彼らの王シュルヴェステルだった。どちらも新米であり、歳も近いという事もあり、リカードを今回だけ軍師付きとしたのである。つまり、今回限りとは言えリカードはリーンハルトの部下として近くに控えていなくてはいけないのだ。
 反論はしたかったが、王にそんな事言える筈もなく。リカードはただ王の言葉に頷いたのであった。

「言えていたらもう言っている」

「言ったら良いじゃん。シルヴィーもそう簡単に怒らないし、意外とそういうお願い聞いてくれるよ」

「陛下と呼べ。いつも思うが馴れ馴れしすぎるぞ。一国の王に対し愛称とは……」

「別に、呼んで良いって言われてるから呼んでるだけだし」

 おちょくる様に単眼鏡でリカードを覗きながらリーンハルトは笑う。リカードは眉間に皺を寄せて押し黙る。
 いや、実際リーンハルトはリカードをからかっているのだ。
 この二人の間に何か衝突があったわけではないし、因縁があるわけでもない。だが単に合わないという問題だけでもなく、強いて言うならば二人共若さ故というのもある。また、一方は平民ながら軍師まで登り上げ王に近い場所にいる青年。そのもう一方は貴族の出で、将来が約束されているものの未だ騎士の青年。
 互いに色々思う事があるのも否めない。

「そろそろ止めなさいハルト。賑やかで良いけれど」

 一触即発の空気の中、穏やかな声が二人の元に届く。
 その声の主にハッとしたリカードはすぐさま頭を垂れ、リーンハルトは天幕の方向を向いた。
 一つの天幕から現れたのは長い黒髪に黒の双眸、纏った衣装も黒。夜の闇を具現化させた様な壮年の男性だった。後ろには緑髪の従者――ベルナルドを従わせている。
 表面上は柔和な笑みを浮かべ、一見普通の男性に見える。しかし、彼こそが彼らの主、そして一国の王、賢王と名高きシュルヴェステルである。

「……陛下、お言葉ですがその様な甘い物言いでは意味などありません。煩い黙れ、そう言った方が端的で効率が良いです。若く脳の物覚えが良い内に叩き込んでおいた方が宜しいかと」

「ふっふふ、ベル、相変わらず手厳しいね」

 背後の従者の辛辣な言葉に、シュルヴェステルは笑う。ベルナルドは本気で言っているが王は冗談だと思っている様子。

「黙れとは言わないよ、若いのだから元気が有り余るのも仕方あるまい」

 煩いの部分は否定しないのは、つまりはそういう事である。

「その元気を仕事に回して欲しいものですが」

 ベルナルドは溜息を吐きながらぽつりと漏らす。

「有り余る元気を無駄に使えるのが若者の特権だろう、ベル」

 決して若くはないシュルヴェステルは、同意を求める様にベルナルドをちらりと見る。まだ二十八歳のベルナルドには同意も出来ず、曖昧に「はぁ」と答えしか出て来なかった。

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