5
***「俺もよく知らん。怪我をしているわけでもないんだが、出たがらない」
伝聞ではノアがどうして引き篭っているのか分からず、僅かにイライラしながらリカードは吐き捨てる。彼なりに心配しているのだが、それがノアには伝わらない。もどかしさだけが募った。
研究の為に地下室に引き篭るのは常だが、何日も何もせずに毛布に包まっているというのは初めてだった。
最初はリカードも怪我でもしたのかと心配したものだが、そうでもないらしい。
「……やっぱり、あの事かしら」
神妙な面持ちでロゼッタはぽつりと漏らした。
あの事というのは、当然捕まった時にノアが語った過去。ずっと閉じ込められ、そして自ら殻に篭っていた過去だ。
彼は話した事について「気にしていない」とは言っていたが、本音は分からない。今更気にして出てこないのではないだろうか、とロゼッタは不安になる。
「ロゼッタお嬢さん、あの事って?」
当然彼女の呟きは二人の耳にも入り、リーンハルトは不思議そうにロゼッタを見ていた。リカードも気になるようで彼女に注目している。
ロゼッタは少し躊躇ったものの、彼らに隠し立てする必要はない。何故ならば彼女よりも彼らの方がノアの過去にとっては当事者。
「……ノアの今までの生まれ育ちを聞いたの」
リカードとリーンハルトは顔を見合わせた。二人にとってはこの話がロゼッタに届いているのが予想外だったのだろう。
「誘拐されて、何度も色んな所に売られたって話……?」
少しだけ動作を止めていたリーンハルトだったが、控えめに聞いてくる。
「ええ……酷い事を沢山されたことは知ったわ」
内容を口に出すのも憚られ、つい「酷い事」と一言で表現してしまった。その一言で表現できる程の内容ではないのはロゼッタも重々承知している。
本当にロゼッタが全て知ったのだと分かったリーンハルトは溜息を一つ吐いた。
一方、リカードの表情が険しくなった。
「どうしてお前がそれを……!」
「リカード、ストップ。顔怖いよ。ロゼッタお嬢さんが無理矢理聞き出すような子じゃないのは分かってるでしょ。それで……ノアが自分で喋ったの?」
リーンハルトの制止でリカードは止まった。彼もまたロゼッタがノアから無理に聞いたわけではないと気付いたからだろう。悪い、と一言誤解を謝ると口を噤んでしまった。
優しくリーンハルトに尋ねられ、ロゼッタはこくりと頷いた。
「ええ、箱に詰められたことで思い出したみたい」
「成程ね。それにしても、自分で話したのに閉じ篭もるって変な話だね」
頬を掻きながら、リーンハルトは苦笑した。
確かにロゼッタも変な話だとは思う。もしロゼッタが無理矢理ノアから聞き出したというならば辻褄は合う。だが、自分から話しておいてノアが気にしたりするのだろうか。そうなると、理由は他にあるのかもしれない。
怪我をしたわけでもないし、病気でもない様子。本当に彼の身に何が起きているのか、ロゼッタ達には検討も付かなかった。
「で、どこまで聞いたの? 五年前の話は?」
「えっと……少し聞いたわ。ハルト達に負けて助けられたって。あっさりとしてたわね」
三日前の記憶を手繰り寄せる。前半のノアが売買された話は濃かったものの、後半の見世物小屋以降はあっさりと終わった印象だった。
リーンハルトとリカードは話に出てきたものの、正味一分で終わった。
彼女の言葉に、リーンハルトは驚いた様な大袈裟なリアクションをした。
「ええ!? 俺の活躍をそんな……あっさりって……」
「俺って何だ俺って。働いたのはお前だけじゃないだろうが」
呆れた表情のリカードは苦々しく呟いた。
すると、ロゼッタはそわそわとしだす。五年前の話が気にならないわけではない。むしろ、とても気になる。
しかし聞いて良い話なのか彼女には判別がつかず困っていると、リーンハルトと目が合う。彼はロゼッタを見るとニタァと気持ち悪い笑を浮かべた。
「なに? 気になる? 気になっちゃうよねロゼッタお嬢さん?」
彼の態度にはムカつきを覚えたものの、素直に「そうね」と頷いた。ここで怒ったりすれば彼を悦ばせるだけだ。
「……じゃ、休憩の合間にちょっとした昔話でもしようかなー」
「おい、本気で話すのか?」
ロゼッタ自身リーンハルトがこんなに簡単に話してくれるとは思っていなかった。それはリカードも同じだった様で、彼の言葉に眉間に皺を寄せていた。
「ここまで来たら、そこだけ隠しても意味無いでしょ。中途半端なままよりは話してあげた方がいいよ」
そしてリーンハルトはゆっくりと懐かしげに語り出す。
五年前の同胞救出戦、彼らの目から見たノア達との初の邂逅を。
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