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しかし、あんな爆発を起こしたのだ。ロゼッタ達を誘拐した攫い屋達が気付かないわけがない。
穏やかに走っていた荷馬車が急停止し、よろけたロゼッタをノアが腕を伸ばして助ける。咄嗟の出来事だったが、彼にしては意外な行動でロゼッタは瞳を丸くした。
「一体何の音だ……!」
すると、細くて小汚い男が荷台に入って来た。腰には剣を携えていた。
ロゼッタに緊張が走る。木箱を出たは良いが、出た後の事は深く考えていなかった。とにかく逃げなければいけない、それだけだった。
男の制止の声も聞かずにロゼッタはノアの手を握って走りだす。
「逃げるよノアっ……!」
「おい待ちやがれ!」
言われるがまま、手を引かれるままにノアも走り出した。攫い屋の男の隙をついて荷馬車から飛び降り、一度辺りを見渡す。人気がないものの平坦な道を来たらしい。まだ遠くにラインベルが見えた。
逆に平坦だからこそ身を隠してやり過ごせそうな場所が無いのだ。
逃げるべき方向は決まった。今一度ノアの手を強く握り直してロゼッタは走り出そうとする。
「待ちなさい」
逃げるロゼッタ達の行く手を金髪の女性――アダリナが塞ぐ。咄嗟にロゼッタは足を止める。
ロゼッタは表情を強張らせて後ろをちらりと振り返るが、先程最初に来た男が追い付いてきていた。更に一人、二人、と馬車から彼女達を追いかけて出てくる。
全員で四人か、とロゼッタは息を呑む。二人くらいならばどうにか逃げ切れたかもしれないが、四人は難しいだろう。
「逃げられると困るわぁ。中に戻りなさい」
困ったと笑いながらも、しれっと命令口調のアダリナ。目が笑っていなかった。
「……いいえ、帰らせて貰うわ」
怯んだ姿を見せられないと思ったロゼッタは、気丈に一歩も引かない姿勢を見せる。
しかし虚勢を張ったところで、この絶体絶命を切り抜けられるわけでもない。引かない姿勢を見せつつも、頭の中ではどう逃げようかと必死に考えていた。下手に動けばすぐに捕まる。
「あまり手荒な事はしたくないのよ? 傷が付いてしまったら大変だもの」
アダリナはそう言うがそれは建前だろう。ロゼッタ達が逃げようとすれば、本気で捕まえようとしてくるに違いない。その時死なない程度の手荒な真似はしてくる可能性がある。
「……それは、私達が商品だから?」
「ふっふふふ、あら、バレてたのね」
自分達が人攫いだと明らかになってもアダリナは表情を崩さなかった。場慣れしているのか、ロゼッタ達を捕まえられると自信があるのか。多分両方だろう。
ロゼッタは身構え、前方にも後方にも気を配る。ノアも辺りを警戒しているが、詠唱すれば抵抗しようとしてる事が明白。詠唱出来ずにいた。
「無理にでも押し通るわ……!」
ロゼッタはそれまで隠し持っていた短剣を構える。元々はノアのものだが、木箱から出る際に付加魔術を行使するのに使ったものだ。
しかし、ロゼッタの目の前で短剣は半分から粉々になって崩れ落ちる。最早ほとんど柄だけを残した形状になり、短剣と呼べる様な物体ではなかった。
「まぁ、それで?」
その短剣でどうやって、と言いたげにくすくすとアダリナが笑う。
先程までは使えていたのに、とロゼッタは驚きを隠せなかった。
「どうして……」
「姫様、それは元々普通の短剣。魔術の魔力負荷に、耐えられなかったんだ」
仕方ないと観念した様な声音のノア。もう武器もなければ、後もない。ノアと背中を合わせの状況で、ロゼッタは辺りを睨む。
最悪の事態を想定すると、ノアだけでも助けたいという気持ちがあった。
いや、もうこの状況ではそれしかない。囮になって彼らの気を引ければノアを逃がす事も不可能ではないはずだ。
「……ノア、私が」
「姫様」
決死の思いで「囮になるから」と言いかけた彼女の言葉にノアは自分の言葉を被せる。
「僕は……ようやく外に出て、初めて外が輝いてるんだって知ったんだ」
「ノア……?」
突然の言葉にちらりと彼を見上げる。今まで見たことない神妙な顔付きだった。
そんな彼の表情と言動にロゼッタは不安に駆られる。
するとノアは周りの人攫い達には聞こえない小さな声で、ぽつりと一言呟いた。ロゼッタにすらほとんど聞き取れなかったが、彼の唇は「ありがとう」と描いたのだ。彼女は確かにそれを見た。
そして、次の瞬間氷の槍が舞った。
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