アスペラル | ナノ
26


 ロゼッタはイメージした。
 燃え上がる火をこの手に集め、一つに纏めるイメージを。収束させた火を自在に形を変え、より破壊に近く。木箱を燃やす、いや、突き破る。
 短剣を掴むロゼッタの手に重ねられたひんやりとしたノアの手。感触と人より低めの体温がロゼッタの思考をより鮮明にさせた。
 ちらりとノアを盗み見ると、真剣な彼の表情がすぐ横にあった。

「姫様、集中」

 ロゼッタを一切見ずにぴしゃりと言い放つ。こちらを見ていないにも関わらず、盗み見ていたのはバレたらしい。
 はい、と慌ててロゼッタは向き直った。

「……詠唱始めなよ」

「え、ええ……」

 先程は詠唱もなし闇雲にしていたが、詠唱は魔力と集中力を更に高める。ノアからは詠唱する様に勧められた為、ロゼッタはしっかりと魔術の規則に則って行う事に。
 詠唱についてはノアから教えられたものの、全て暗記できているか怪しいものである。

「 懐(いだ)く大帝の剣に捧げる火群の一片
  第八の暁紅の騎士           」

 未だ慣れない詠唱に四苦八苦していると、ノアが後ろからぼそぼそと続きを呟いてくれた。
 火の属性の魔術は使えないノアだが魔術が研究対象の為、一通りの属性の魔術は覚えているらしい。後ろから聞こえる彼の声に安心感があった。

「 謡い叫べ真紅の凱歌 」

 詠唱と呼応する様に、ロゼッタとノアが掴む短剣の刀身が次第に赤くなる。先程のまぐれとは打って変わって、魔術が本格的に展開されているのがロゼッタでも分かった。短剣が熱を帯びていく度に、手の平が火傷する程剣自体が熱を持っていた。
 だがここで短剣を離すわけにはいかない。

「 集え剣鋩 放て光芒 」

 その瞬間短剣には充分過ぎる程の炎が取り巻いた。
 考えるよりも彼女の手が先に動き、彼女達を捕らえる箱にその短剣を思いっきり突き刺す。木がみしみしと軋む様な音と炎が唸る声が合わさり、何とも言えない轟音が響いた。
 しかし強化の魔術と火の付加魔術は拮抗していた。
 強化の魔術も簡単に破れる術ではない様だ。隙あらばロゼッタ達の剣を弾き返そうとしており、ロゼッタは剣先がぶれない様に力一杯押さえながら魔力を集中させていた。ノアの手も同様彼女の手を支えてくれている。

(あっつ……!)

 ロゼッタの表情が痛みで歪む。
 拮抗する二つの術のせいで火花が散る。その火花は容赦なくロゼッタの手などに振りかかった。あまりの熱さに、もう痛みとしか感じられなかった。
 短剣を掴む手も、このまま手の平が溶けてしまうんじゃないかと思う程だった。

「……耐えて。あと少し」

 ノアの声はひどく冷静だった。
 彼の言った通り、木箱にはみしみしと音を立てながら少しずつヒビが入り始めていた。

(あと、少しで……ノアを……!)

 自然とロゼッタの手に力がこもる。此処から彼を連れ出す、という明確な目標がロゼッタを奮い立たせる。
 その時、より一層彼女の掴む短剣が赤い光を強くした。
 そして間近で煩い程に響いた爆発音。悲鳴を上げる暇もなかった。ロゼッタの身体は衝撃で後ろに倒れ、そのままノアも道連れになった。ノアは背を壁にぶつけたものの、大した怪我はない様だった。ロゼッタは彼にもたれ掛かる形にはなったものの、彼がクッション代わりとなり怪我一つなかった。

「んん……」

 服に付いた埃や木片を手で払いながら、ロゼッタは上体を起こす。いくら何でも突然爆発するとは思っていなかったので、まだ頭は物事が整理出来ていなかった。
 あの瞬間に一体何が起こったのか。しかし顔を上げた瞬間、そんな事どうでも良かった。
 ずっと暗所にいたせいでそれに慣れてしまった視界。
 顔を上げた瞬間に彼女の視界に飛び込んできたのは、目が眩む程の目映い外の光だった。

「外、だわ」

 眩しげに顔をしかめながら、だが嬉しそうにロゼッタは呟く。
 一足先に木箱から出た彼女は元居た場所を振り返った。やはり人二人入れる程の大きめな木箱だった。こんな所に長時間二人で居たかと思うと滑稽である。
 ノアはまだ中におり、呆然としていた。ロゼッタはそんな彼を見て苦笑し、右手を伸ばす。

「はい、手」

 ノアの手がそろそろと戸惑いながら伸びてきて、今度こそ彼女の手を掴んだ。ノアよりも一回りは小さいだろう、熱くて汗ばんだ手だった。

「……眩しいね」

 光の中に居るロゼッタを見上げながら、目を細めたノアはぽつりと呟く。
 彼には初めて、世界が光り輝いている様に映っていた。
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