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そんな表情をさせるつもりはなかった。させたくもなかった。
ガッカリさせた事よりも、また出れないんだと諦めさせるのがロゼッタは悔しくて仕方がなかった。
幼い頃に一度は檻の外に出る事を諦めたノア。だが、今度は諦めさせるわけにはいかない。諦める事を癖にしないで欲しい。
「次こそは大丈夫よ……!」
「……やっぱり無理、だと思うけど」
空元気を出してロゼッタは励まそうとするが、ばっさりとノアは切り捨てる。
一度は外に出る気を取り戻したものの、そう簡単に性格が変わるわけでもない。今の失敗がまたもや彼を逆戻りさせてしまった。
しかし逆を言えば、ここでロゼッタが彼を出せたならば、彼を良い方向へ変えるきっかけになるだろう。それは簡単な事ではないだろうが、失敗するわけにはいかない。
ロゼッタは短剣を握り直す。
「一回失敗したくらいで何言ってるのよ。これから頑張るのよ」
ノアにも、そして自分にも言い聞かせる。本当は魔術が上手くいく自信があるわけではない。
「……初級魔術しか使えない姫様が?」
「それは、そうだけど……でもやらなきゃ結果だって分からないわけだし。私だってこれでも日々成長してるんだから」
任せて、とロゼッタはノアには強がりを言ってみせたが、本当は魔術が成功するかすごく不安であったし、このまま人間の国に売られてしまうんではないだろうかと怖かった。嫌な想像ばかりが頭を過るのは事実だ。
しかし、ノアの目の前で弱音を吐くわけにもいかない。助けると約束したのだから、これ以上彼を不安にさせたくなかった。
それにノアに言った通り、彼女が成長しているのは事実だ。魔術の特訓は日々重ねており、少しずつだが上達はしている。
彼女の強がりは成功したらしく「そう」とノアはそれきり黙ってしまった。ロゼッタに任せる事にしたようで、しばらくは見守る事にしたようだ。
(絶対に、成功してみせる……ノアを出してあげるんだから)
この木箱の外見をした檻から、そして過去という檻からも。
その瞬間、ロゼッタが振り上げた短剣の切っ先が僅かに赤みを帯びた。
「え」
切っ先の異変に気付いたロゼッタが声を上げるよりも先に、切っ先は木箱へとぶち当たる。
僅かだった。ほんの少し、切っ先に炎が付いていた。煙草に火を付けられる程度の小ささだったが、確かに火が短剣に付加されていた。
小さな火だったが、切っ先を弾いた木箱には黒い焦げ目が確かについていた。
「み、見た?」
ロゼッタ本人も驚いており、固まったままノアを見た。
「見た……本当に、付加されてた」
一部始終を見ていたノアも一瞬の奇跡を見逃していなかった。彼もまた驚いており、本当にロゼッタが付加魔術を成功させるとは思っていなかったのだ。
弱い火だった。だが、それは紛うことなき付加魔術。
「……姫様の知識で本当にできるなんて」
方法や仕組み、付加の仕方はノアが教えた。理論上は出来ると言っても、たった二回で成功出来る様な術ではない。
これが前々から聞くロゼッタの資質だった。皮肉な事に、ノアはこの状況でようやく念願の彼女の魔術が見れたのだった。噂に聞く三つの属性全ては見れなかったが、彼の好奇心を煽るには充分な程だ。
彼女は特別魔力が強いわけでもない。だが、確実にノア達とは違う素質を持っている様に思えた。
「ノアのお陰ね」
「……どうして。姫様でしょ」
思考していたものの、ロゼッタの言葉でノアは我に返った。そして訝しげに彼女を見る。
謙遜ではなく、何も出来なかった自分をノアは自嘲していた。
「私ひとり捕まってたら、付加魔術をしようにも出来なかったでしょ。教えてくれたノアのお陰よ」
そう言う彼女の瞳は純粋で、嘘や慰めではない事は分かる。だがノアにはそんな瞳が怖かった。
こんな目を向けられた事もなど今まで無いし、こういう風に感謝された事など今まであっただろうか。彼女に対し、どんな対応をすれば正解なのかも判らなかった。
「……そう」
「この調子で頑張るわね。ノアと約束したもの、ここから出すって」
ロゼッタは短剣を握り直して切っ先に意識を集中させる。魔術を施行する際は魔力を絞り出す様に、より鮮明にイメージする事が重要なのだ。
すると、ロゼッタの手にノアの手が重ねられ、短剣を握る手に力がこもる。
不思議そうにロゼッタが振り返ると、複雑そうな表情をしたノアが至近距離に居た。
「……姫様、集中して」
「え……あ、うん」
「出来るだけ上手く、指示するから。あと魔力を放つタイミング、姫様少し早いから僕が言った時に全力でして」
「分かったわ……!」
こんな形で協力するのは初めてだろう。
重ねられた手に今更少し気恥ずかしさを感じながらも、今度こそ上手く行く、ロゼッタはそう感じたのだった。
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