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ノアに対して「助ける」と断言したものの、ロゼッタの状況はノアと一緒。閉じ込められている事には変わりなく、ここから出る方法はまだ分かっていない。
とにかく脱出方法を見つけなければノアを助ける事など不可能。
ノアの手を離し、彼女は四方の壁を押してみるがびくともしない。
「軋みもしない……一見木箱っぽいと思ってたけど」
触ってみても木特有のざらざらした感触がある。叩いみても木の様な音はするが、衝撃には一切負けていなかった。
天井部分もめいいっぱい押してみるが、こちらもびくともしない。
やはり一筋縄ではいかない。相手もそう簡単に逃がしてはくれないだろう。
「……姫様、もしかしたら魔術で強化されてるのかも」
「強化?」
ノアも片手で壁を触り撫でる。
「字の通り。壊れにくい物を壊れにくくしたりするよ。騎士長さんや鍛冶師なんかは火の魔術で剣を強化する事で、剣の延命と切れ味を良くする。この箱は木製だし、おおかた地の魔術で壊れにくくしてるのかも」
やはり魔術という専門の土俵に上がれば、彼の知識には感嘆せざるをえない。彼の説明に納得したロゼッタはもう一度壁を撫でた。
ノアの予想が当たりであれば、素手で何とかする事は出来ないだろう。
魔術で強化されているなら対抗する術は同じく魔術。だが、相手の魔力よりも強くなければ相手の術に勝てない。それに属性の相性もある。
「ノア、火の魔術は?」
ロゼッタならば火の魔術が使える。強化されているとはいえ、木製の箱だ。火には弱いだろう。
だがノアは険しい表情を見せた。
「姫様の魔術じゃ上手く行くかは分からないよ……下手したらこの空間にいる僕らが怪我する。かといって僕の氷の魔術じゃ効かないし」
凍らす事が得意な氷の魔術では強化された箱を破るのは難しいと彼は言う。
何となく、彼は自信が無い様に思える。表情は分かり難いけれど、彼の生い立ちを知った事で前よりもずっとノアの感情が見えている気がした。
そしてノアは不安なのだ。また出れなかったらを考えてしまうから。
あの頃に逆戻りしてしまうかもしれないから。
「いいえ、やるったらやるわよ……!」
先程の「ノアを助ける」という言葉を嘘にはしなくない。ロゼッタは自分自身にそう言うと、突然ノアの服の中に手を突っ込んで探り始める。
いきなりの事にノアが固まっていると、すぐにロゼッタはお目当ての物を探り当てる。それはローブの中にしまい込まれた、一本の短剣。特に魔術的な力は持っていない、変哲もない短剣だった。
アルセルへ行く時、彼が短剣を一本持ってる事を知っており、未だにそれを覚えていた。
「良かった、没収はされていなかったみたいね」
「姫様、何をする気……?」
「私が普通に火の魔術を使っても威力は小さいし、火だから分散しちゃうじゃない? だからリカードみたいに剣で一点に集中できないかと思って。ほら、木の箱だから小さな穴くらいはあるのよね」
火の魔術は分散系の術。もっと技術が上がれば自在に動かす事も可能だが、ロゼッタの腕前では火を放出するだけでも一苦労。
だがリカードの様に剣に炎を纏わせ、一点を斬りつければ力が集中すると思ったのだ。偶然にも木製の壁には指一本入るかどうかの小さな穴が開いており、そこからなら魔術を使えば広げられると考えた。
そして剣の代わりとなるものはノアの短剣しか思い当たらなかった。
「その短剣を媒体に付加魔術……? 言っておくけど、それ簡単に出来る魔術じゃないよ」
リカードは事も無げにしているが、実は多くの魔力を消費する上にかなり難しい術。火や水、風など様々な属性がある中で火は比較的付加魔術がしやすいものの、普通ならば訓練を必要とする。
ノアの話に、ロゼッタは驚いた表情でノアを見た。知らなかった、という表情である。
ノアは更に詳しく方法や仕組みを説明してくれたものの、彼女の頭は終始理解出来なかった。
「そ、そんなに難しいのね……」
リカードを見ているとあれが難しい技だとは思えない程自然な動作だった。そもそもリカードと彼女の実力差や経験値の差を考えれば、当然なのだろうが。
「でも、ほら、やってみないと分からないわよね!」
両手で短剣を握り締め直し、ロゼッタはそれを振り上げた。小さな穴目掛け振り下ろされた短剣は硬い感触に弾かれ、呆気無く彼女の手から零れ落ちる。
弾かれた反動で彼女の手はじんじんと痺れた。
つまりはこれが強化の魔術であり、物理的な衝撃では意味が無いということである。先程ロゼッタは張り切って短剣を振り上げていたが、微塵も魔力は付加されていなかった。
「い、いった……」
「駄目だったね」
ノアの反応は冷静だった。やっぱり、と彼女の行動の結果は予想済みであり、半分諦めの色が浮かんでいた。
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