アスペラル | ナノ
22





 地面に膝をつき、両手を地に付け、意識を集中させる。神経を研ぎ澄ませながら、地面に根を張る木の様に、自分が大地の一部の様な感覚になった。
 周りの音など気にならない。
 地面を見つめる瞳も、本当は地面など映していない。目で見えぬその先を見ていた。



 話は少し前に遡る。
 アルブレヒト、ローラント、シリルの三人はロゼッタ達を探した。しかし懸命に探したものの結局行方は知れない。ようやく見付けた唯一手掛かりとなりそうなのは、ローラントが見付けたノアが持っていた筈の紙袋。中には薬草など薬の材料が入っており、ベンチから少し離れた路地で落ちていた。
 一度合流した三人は、その紙袋が落ちていた場でシリルの「最終手段」とやらを試してみる事に。
 そして今に至る。魔術に疎いローラントだけには彼が何をしているのか判らなかった。

「……シリル殿は何をしているんだ?」

 黙々と集中して何かをしているシリルを見下ろしながら、ローラントはアルブレヒトに尋ねた。
 シリルの行為を疑っているわけではないが、人間の身であるローラントには魔術というものに詳しくはない。シリルに聞こうにも彼はずっと集中していた。

「シリルの魔術、地の属性。魔術で、情報読み取る」

 事も無げにアルブレヒトは説明するが、ローラントは魔術の多様性に「ほう」と感嘆の声を漏らした。
 戦場で見る魔術は攻撃する為のものがほとんど。しかしアスペラルに来て、実は魔術は攻撃以外にも使い道がある事を彼は初めて知った。魔術は生活に密着しており、田畑をたがやかしたり飲み水を確保したり、多くの事が出来る。
 人間のローラントから見れば実に興味深いのだ。

「………………少しだけ、手がかりは掴めました」

 珍しく険しい表情を浮かべながら、少し疲れた様にシリルは立ち上がった。

「どうだった?」

 情報を読み取ると言っても精密ではない、とシリルは前置きをした。
 魔術は便利だが万能ではない。少しだけ残った情報を地面に尋ねたと言ってもいいような術だ。地面に人格はないので嘘は言わないが、情報もあまり残らないものだった。

「……ロゼッタ様はノアと一緒のようです。此処まで来て、誰かから連れ去られ、荷馬車に乗せられたとこまでは見えました」

「荷馬車に……急いで追わねば、追いつかないな」

 荷馬車の速度が早くないと言っても、人が歩くスピードではまた話は違う。馬に乗らなければ追うのは難しいだろう。馬の調達はどうにかなると言っても、それ以降馬車がどこに向かったかも判らない。

「方角は?」

「そこまでは……ただ、人攫いの件で地方でも警戒してます。一応荷馬車は検問されると思いますが」

 行商人や仕入れの馬車が対象であり、荷馬車であればどれも検問される様にはなっている。
 ただ、相手とて馬鹿ではない筈だ。何かしら手を打ってあるのだろう。
 だが検問があるならば、ロゼッタ達を攫った連中も派手な行動は出来ないだろう。その誘拐が何の為かは未だ分からないが。

「もしロゼッタ様を攫ったのがルデルト家ならば北のアムルアデ領、人攫いであれば人身売買が盛んな東方のネフ国か、一番近い西のアルセル公国のどれかに向かう筈です」

 シリルはあり得る可能性を全て上げていく。しかしどれも可能性がある為、考えても一本に絞れなかった。

「どれも方角が違うな」

「三人と、三方向。バラバラなれる」

 アルブレヒトの発言にシリルとローラントは顔を見合わせた。
 確かに一番効率がいいのはそれぞれ違う方向で捜索する事だが、それは戦力の分散にも繋がる。今回ロゼッタ達を攫った人達の正体も人数も分からない状況だ。
 ここで判断を間違えば確実に事態は悪化する事が目に見えている。
 それに発言したアルブレヒト自身、まだ怪我人。本来ならば戦える筈もない。彼の表情を見れば説得しても無駄だろうと二人共思ったが。

「……では、私は北門へ向かいます。ルデルトの刺客であれば、そちらを通るかと」

 しばし考慮した後、シリルは判断を下した。

「シリル殿は文官だが大丈夫なのか……?」

 先のアバルキンでの戦いでは魔術で皆のサポートをしており、それなりに力があるのは分かる。だが戦いが専門職ではない者にとって、刺客と対峙するのは難しいだろうとローラントは考えたのだ。
 だが、大丈夫です、とシリルは頷いた。

「状況が状況です。私が北へ行きます。アルブレヒトは西へ、ローラントさんは東でお願いします」

「うむ」

「了解した」

 すぐさま三人はロゼッタ達を探すべく、別方向へと向かった。
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