17
「まぞく……」
子供特有の高い声が、戸惑った様な色を宿す。
ここまではノアの予想通りだった。このまま泣くなり恐れるなりしてくれればいい。それでノアの暇も潰せる。
しかしノアの予想も裏切り、子供はぱっと表情を輝かせた。
「……まぞく! まぞく!」
子供は自分を指差しながら、必死に訴えかける。だがその表情は嬉しそうで、ノアも流石に驚きを隠せなかった。
「同族……?」
競売場ならまだしも、まさか売られた先で同族に会うとは思っていなかった。会う事もないだろうと思っていたのもある。
しかし驚きはするものの、感動なんてある筈もなく。ノアは「そう」とだけ一言言うと、座り直した。正直つまらないとノアは思った。同族ではさっきの言葉の意味はなく、恐れもしないだろう。
ノアは檻の中に入れられた食事を食べ始める。
「……まぞく。おなじ」
「うん、分かったから」
興味も薄れたノアは「はいはい」と適当な返事をして、パンに齧りついた。
だが逆に子供の方はノアに興味を持ったようで、未だ檻の前から去ろうとはしなかった。汚れていない純粋な瞳でノアを見ており、そんな目で見られている事にノアは居心地の悪さを感じた。
格好から良い扱いを受けていない事は読み取れるものの、曇りのない瞳はノアとは違う。身体も心も汚されていない。
(……同じなものか)
例え同じ魔族でも違う、ノアはきっぱりそう思う。ノアがこの子供くらいの頃は既に男色の対象であり陵辱を受けた。あの痛みも屈辱も知らないだろう。
こんな状況下でも笑えるこの子供が羨ましくもあり、妬ましかった。
「おい! この糞ガキ! 何油売ってるんだ……!」
すると突如として、静かなテント内に怒号が響き渡った。怒鳴ったのはテントの入口に立つ髭面の男で、この見世物小屋で「団長」と呼ばれる男だった。
団長の登場に、さっきまで嬉しげに笑っていた子供は恐怖の色を浮かべる。
団長が怒れば怖い男だというのはノアとて知っている。だが、怒鳴っているのを見たのは初めてだった。ノアは模範的な珍獣だったからである。
「飯を運んだら荷を運べって言っただろうが! この役立たずが……!」
はい、と微かな声で子供は返事をすると、身を縮こまらせながら外へ駆けて行った。
子供が駆けて行く時服の隙間から見えた素肌には、至る所に紫色の痣があった。転んで出来る類の痣ではない。殴られたり蹴られたりして出来るものだ、とノアは今までの経験上悟った。
そんな彼らのやり取りを、ノアはパンを齧りながら興味無さそうに見ていた。
「何だ、食事中だったか……」
テントに残った団長はノアを見下ろし、ぽつりと呟く。魔族だからという理由でノアを怖がったりはしない珍しい男だったが、金儲けには意地汚い男だった。ノアに当たり散らす事はしないものの、彼の瞳はいつだってノアを「金蔓」としか見ていなかった。
しかし、ノアにとってはそんな潔い目線も嫌いじゃない。目的が分かりきっている分、気持ちは楽だった。
「……あれ、魔族なの?」
普段は滅多に言葉を交わさないノアだが、今回だけは珍しかった。団長も少し目を見開くが、すぐに視線をテントの入口へと戻す。
「ああ、競売場で買ってきた。魔族だから魔術が使えると思ったんだが……まさか魔術が使えないガキを掴まされるとはな」
「なるほど」
団長は苛立たしげにも教えてくれた。
「氷の化身」として見世物になっているノアは、見世物小屋ではなかなかの評判である。怖いもの見たさと言うように、人間は怖いもの程見たがるのだ。ノアの稼ぎは良かった。
それ故に新しい魔族を買い、新しい見世物にしようと団長は目論んだのだ。
そして引き取られたのが先程の子供なのだが、聞けば魔術も使えない魔族だと言う。見世物にもならない、そこら辺の子供と変わりなかったのだ。
「……高い金払ったんだがな」
人間の奴隷よりも、魔族の奴隷は希少性がある為値が張る。先程の子供を買うのにも多額の費用が掛かったと団長は言う。
「獣の餌にするにも、捨てるにも高価すぎたからな、仕方ないから雑用をさせている。あの通り使えないがな」
「……ふうん」
パンの最後の一欠片を口に放り、ノアは気のない返事を返す。特段興味もなく、可哀想だとは思わなかった。
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