アスペラル | ナノ
16


 アルブレヒトはずっとロゼッタの側に居た。アルセル公国に迎えが来た時も、アスペラルに来てからもずっと。それなのにそんな事にも気付けなかったし、そんな素振りもなかった様にロゼッタには思える。
 彼女を迎えに行く時も、彼女の我侭でアルセル公国に戻った時も、どんな心境だったのだろうか。
 酷い扱いを受けていたのであれば、人間の国に行く事自体いい気分ではなかっただろう。

「……アルは、最初どんな子だったの?」

「弟は今よりずっと小さかった。初めて会った時は九才だったけど、言葉もよく理解は出来てないみたいだった」

 懐かしそうに語るノア。傍から見れば決していい思い出とは言えないのに、ノアは懐かしいと言わんばかりだった。

「……僕は檻の中。弟は檻の外で鎖を繋がれて、雑用をさせられていた」


***



 今から六年前の事だった。
 競売場にいた十三歳のノアは、見世物小屋の団長から「魔術が使えるから」という理由で買われた。魔術も時として見世物になる。その美貌と魔術を買われたのだ。
 檻の中で飼われ始めて一週間が経過すると、やっとノアにもこの見世物小屋の内部が分かってきた。

(あっちのテントが人間が生活してるテントで……あっちが物置、一番大きいのが舞台。そしてここが……動物用のテント、か)

 ノアの檻はいくつかあるテントの一角にあった。そこはノア以外にも、芸をする猛獣や珍獣なども檻に入れられ、一つテントの下であった。ノアとて猛獣や珍獣と代わりがない。
 もうノアに人間へ抵抗する気はなかったが、それでも檻に入れられるのは当然だった。
 しかし彼に暴れる気がないのは団長も薄々分かっている様で、暴れなければ不当な扱いは受けなかった。食事も三食出てくる。

(……悪くない)

 テント内が少し獣臭い事を除けば、十分快適と言えた。

(次の公演は明日……明後日には首都に移動するって言ってたな)

 日付を確認するものはないが、月と太陽の巡りで季節も時刻も分かるので不便はなかった。
 公演は十分程度で済む。移動も馬車に檻ごと揺られるだけ。公演も移動も関係ないと行ったふうに、ノアは目を閉じた。
 時刻は既に夜。夕食が届けられてもおかしくない時間だが一向に来ない。食事をいつも持ってくる人間はノアを恐れている様だが、お互い関わらない様にしているので食事を抜かれた事は今のところない。

(まぁ、あまりお腹減ってないからいいけど)

 まずノアは檻から出ることがない。一日の全てをその中で過ごし、する事と言えば寝るか思考する事。動かないのだからあまり食事の量も必要としなかった。
 すると、彼の手元に陰が出来た。月が陰ったわけでもなく、ノアが座っている辺りが集中的に暗くなったのだ。
 ノアが視線を上げると、そこにはセピア色の髪をした子供が立っていた。その手には食事が乗っている盆を持っていた。

「あ……」

 いつもの食事係と違う、とノアは思った。いつも食事を運ぶのは雑技を行う一人で成人女性だった。ノアの事が怖いらしく、目を合わせずに食事を置いていつも帰るような女だった。
 この見世物小屋でノアより年下を見たのはこれが初めてだ。
 ボサボサになったセピア色の髪の毛が顔の半分を覆い隠している為、どんな目と表情なのか分からない。着ている服は粗末で薄汚れ、所々が破れている。ガリガリに痩せ細った足首と手首には鎖が繋いであった。
 この子供もノアと同じく奴隷なのだろう。

(ふうん)

 生憎ノアには「相手が子供だから」という感覚は持ち合わせていない。可哀想などとは一切思わなかった。
 一方目の前の子供はノアの存在には気づいているのだろうが、黙々と食事を檻の中に入れるだけで一言も声を発しなかった。魔族であるノアを恐れている様な素振りすらなかった。人間によっては大人でも怖がるというのに。
 少し考えた後、ノアはゆっくりと上体を起こし、檻に手を掛けた。

「……君も大変だね、魔族の相手なんて。ねぇ、知ってる?」

 ノアは静かに語り掛ける。
 ぴくりと、子供は反応を返した。髪で目は分からないが、どうやら面は上げている様だ。

「魔族の大好物はね、人間の子供なんだよ……」

「……っ!」

 片手で檻を掴み、舌なめずりをしそうな勢いでノアは凄んで言った。
 ずっと檻の中にいると娯楽というものがない。檻から出る気はないものの、こんな生活を続けているノアにもたまには飽きというものがやって来る。
 だからこそ、この子供を脅かしてやろうという軽い気持ちでこんな事を言ったのだった。


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