アスペラル | ナノ
14


 どうしてそんなに平然と話せるの、とロゼッタは言いたかったがその言葉を彼女は飲み込んだ。自分のことではないのに、聞いていて胸が苦しくなる。
 だが、ノアは話を続ける。

「……買い手がついたのは、攫われて数年後だったと思う。確か、最初の買い手は性癖が特殊な金持ちだったかな」

 その時のノアはまだ十にも満たない年齢だった。
 檻の中で腐れかけた食事を啜っていると、身なりの良い男がノアを覗き込んできたのを彼はよく覚えている。人離れした美貌を気に入られたらしい。即日ノアは大金で買われていった。
 金持ちの男の手を掴んで「これで助かるんだ」と一時は思った。しかし逆にそれが悪夢の始まりだった。

「……いるんだよね、女じゃヤレないって人。男じゃないと性欲が出てこなくて、更に言うと子供が良いって男だった」

 幼いノアは最初は訳が分からなかった。何をされているのか、どうしてこんなにも痛い行為をしているのか。醜い肉塊が迫ってくる夢を今でも時折見る程だ。
 泣き叫んだのは飼われてから最初の数日。
 少しずつ感情が無くなっていくのに、時間はそう掛からなかった。あの時無くした感情は未だこの手に戻ってきていない。だが、逆に感情を無くす程度で済んで良かったと思える。心が壊れる事だけは回避出来たのだから。

「あぁ、こんな事言っても姫様は分からないか」

 男同士で行為に及ぶという事をよく理解していないロゼッタを見て、ノアはくっくっくっと自虐的に笑った。
 だが、それでもロゼッタには彼が酷い事をされていたという事なら何となく分かる。自分では想像出来ない酷い事をさせられたのだと。

「ノア、もうこれ以上は言わなくても……」

 ロゼッタは彼の服を掴んだ。彼女が聞いていて辛いというのもあるが、話していく事でノアもまた傷付いているように思えたのだ。

「どうせいつか知られることなら、さっさと知ってて貰った方が僕も楽だし。後から腫れ物扱いされるのも嫌だから」

 今まで隠していたわけではない。話すきっかけが無かっただけで、ノアとしては過去を知られる事に抵抗はない。ついでだから、と話しているに違いなかった。
 聞いているのが辛いが、ロゼッタはこれ以上止めなかった。
 皆の事をよく知らないと自覚したのは、彼女がアルセルに居た時。知りたかった事かと問われれば少しズレているが、これもまたノアを知る一つとなる。それに、聞く事で助けられる事もあると思うのだ。
 この狭い空間で出来る事も限られている。今はただ、聞いてみようとロゼッタは思った。

「……えっと、どこまで話したっけ。そうだ、最初の飼主だ。それから最初の飼主の所には一、二年居たかな。飽きたのか知らないけど、それから僕はまた競売所に逆戻りになった」

 幼かった故に手放された理由はノアとて知らない。
 だが、もうその時は十に満たない彼でさえ「もう助かる事はない」と理解していた。助けてくれる人もいないのだ、誰かを待っても無駄だと。
 再び訪れた競売所の檻の中の時間。この中に居れば誰かに干渉される事もない。僅かな平穏とも呼べる時間だった。

「でもすぐに次の飼主は決まった。次は女だった。する事は、前の飼主と大して変わらなかったけど」

 新しい飼主が決まっても、当時のノアにはどうでもいい事だった。抵抗しても無駄、逃げても無駄、考える事すら無駄なのだ。
 相手が女になったのだから多少楽かと思いきや、そうでもなかった。

「色んな事を強要されたから、最初の飼主より面倒だった。まるで人形だったからね」

 相手をさせられるだけならまだしも、色んな衣服を着せられた。それから出かける時は連れて行かれ、横を歩かされる。文字通りの意味でペットだったのだ。
 だが、ノアに選択肢などなかった。ただ黙って従う他に生きる道などなかったのだ。

「と言っても、すぐに飽きて、違う所に譲られたけど。それから……三、四軒は転々とした。男娼以外だったら大体の事はしたと思う」

 三、四軒の持ち主を転々とした時のノアは十三歳になる目前だった。持ち主は老若男女様々だったが、どれも良い飼主とは言い難かった。飼主が変わってもやる事は変わりなく、また新しい所に行くと決まっても何とも思わなかった。
 その頃には既に淡々と生きる日々は始まっており、希望が無ければ絶望も無かった。身体も心も蝕まれ、その手には何も無かったのだ。

「そして、僕が最後に引き取られた場所は、とある見世物小屋だった」

 今まで「個人の所有物」になる事が主だったが、見世物小屋に入るのは初めてだった。その見世物小屋は人間の国を転々と移動し、珍しい動物や雑技をする人間達が所属していた。
 ノアは「世にも珍しい氷の化身」として檻に入っていた。そう、珍しい動物と扱いは変わらなかった。

「……誰かの夜の相手をしなくてもいいってのは唯一楽だったかもしれない。ただ毎日、檻に入っていれば良かったから」

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