11
*** 話は少し前に遡る。
「アルブレヒト、ロゼはいたか……?」
アルブレヒトは苦い表情を浮かべながら、首を横に振った。
飲み物を買いに出かけていたアルブレヒトは飲み物を手に戻ると、ベンチにロゼッタ達の姿はなかった。少し探し回っているとローラントと合流。彼もまたロゼッタ達の居場所は知らず、二人は危機感を抱いた。
そして今に至り、アルブレヒトとローラントはいなくなった二人を手当たり次第に探していた。
二人で少し店を見ているのかもしれないとは思ったが、あのロゼッタが長時間いなくなる事をするとも思えなかった。
「どこに行ったんだろうな……ノアと一緒だと良いが」
汗を拭いながら、ローラントはぽつりと漏らす。
「とにかく、もう少し探して見つからなかった場合、離宮に連絡する他ないな……」
シリル達に多大な迷惑を掛けるとは思うが、その手段も考えておかなければいけない。
ロゼッタは王位継承権の候補者。そして、実弟との継承権争いに巻き込まれている。よくよく考えれば、そのルデルト家が放った刺客がいつ来るかも分からない状況なのだ。
「うむ、もう一度自分は回ってみる。ロゼッタ様の好きな店、とか」
出来る事ならば自分達だけで解決したい問題。だが、あまりにも無理な話であれば早々に見切りをつけるべきなのは十分理解していた。
「そうだな、そういう店を見てる可能性もある。私は先程行った店に行ってみよう」
再び広場に落ち合う事を約束し、二人はその場を離れたのだった。
*** ノアの様子は異常だった。異様に何かに怯えているが、それが何なのかも判らない。
分かる事は一つ、ロゼッタの声は聞こえていない様だった。
ノアは浅い呼吸を発作の様に繰り返し、ただ一点を見つめているだけである。
(どうしたのノア……自分が見えるってどういう意味? それに『売られた』って……?)
ノアに触れようとしてロゼッタは指を少し引っ込めた。
彼に対して何か適切な言葉を掛けるべきだろうが、その言葉が見付からない。よく考えてみれば、ノアの事など大して知らないのだ。年齢はロゼッタの二つ上の十九歳、魔術が好きで夜な夜な変な研究を繰り返し、宮廷魔術師の地位を貰っている。それだけだ、知っているのは。
もしかしたら自分が思っているよりも一層重いものを抱えているのかもしれない、と考えてロゼッタは少し考え込んだ。そんな彼に対してどんな言葉を掛けたとしても、それはどんな意味があるのか、重みはあるのか、思ってしまったのだ。
言葉ではどんな事を言ってもただの気休めにしかならない。
ロゼッタは右手を伸ばし、ノアの背中をゆっくりゆっくり少しずつ撫でた。
「大丈夫よ、ノア。今を、よく思い出して」
「…………」
それ以上ロゼッタは何も言わず背中を撫で続けた。
過去に何があったかは分からないし、知らない。気にならないと言えば嘘になるになるがそれよりも、ただただ彼の事が心配であった。
それに効果があったかどうかはロゼッタは知らないが、顔色は相変わらず悪いものの、少しずつノアの様子は落ち着いていった。
「落ち着いた? ノア」
ノアはこくりと頷いた。そして少しだけバツが悪そうに口を開いたのだった。
「……僕、何か変な事言ってた?」
彼とて、覚えていないわけがないだろう。ただ錯乱して思考のどれを口から出したのかは曖昧な様だった。
何と答えていいか判らないロゼッタは少し置いて、正直に話した。彼の為に包み隠しておくのも良くない、と判断したからだ。
「えっと『そこに僕がいる』とか『売られただけだ』とか言ってたけど……」
「そう」
僅かに苦い表情を浮かべつつも、ノアはそれ以上何も言わなかった。
ロゼッタも何も言えずに黙り込むと、空間は一層静寂に包まれる。
「……」
お互い黙っていた。ノアは何を考えているのか一切読めないが、ロゼッタはどう声を掛けるべきか決めかねていた。もしかしたら触れてはいけない部分なのかもしれないと思うと、躊躇してしまう。
すると、先に口火を切ったのはノアの方であった。
「……聞かないの? さっきの意味について」
考えていた事を当てられ、びくっとロゼッタは肩を揺らす。驚きの目で彼女がノアを見ると、彼は「分かりやすいよね」と苦笑してみせた。
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