10
「……そう簡単に他人を信用するの、止めてよね。姫様だって立場あるでしょ」
「ご、ごめんなさい……」
珍しくあのノアから苦言を呈されるとは思ってもいなかった。今回確かに無関係なノアを巻き込んでしまった。
何も反論出来ないロゼッタはただただ身を小さくした。
「でも、とにかくここから出なきゃね……」
責任の有無を言っている場合ではない。とりあえずロゼッタは四方の壁を手当たり次第に触ったり、押したりするが効果は無かった。叩いてみても、特に反応はない。ロゼッタは百面相しながら、考えられる手を全て行なっていた。
そんな彼女を尻目に、ノアはふぅと息を一つ吐くと、壁にもたれ掛かって周囲を見渡した。狭苦しい空間だ。暗くて、少し息苦しくて、多分馬車の揺れだと思われる揺れが気持ち悪い。
気持ち悪いのは気絶している間に見た夢のせいもあるだろう。最近は見る事はめっきり減ったというのに、今になってまた見る羽目になるとは思ってもいなかった。いや、原因は分かっている。
息苦しくて、暗い空間。
ガタガタと揺れながら運ばれていく感覚。
今の状況がきっとあの時と「酷似」しているのだ。
ただ、あの時と違うのはロゼッタがいるという事。ノアにとっては、大して変わりはないけれど。
「あ……」
ふと、隅を見れば少年が膝を抱えて座っていた。
ロゼッタと自分以外にもいたのかと思ったが、その少年をよく見て、ノアは息を呑んだ。
「ノア……?」
突然表情の変わったノアを不思議に思ったロゼッタは彼に声を掛けるが、隅を凝視したまま彼は動かなかった。ロゼッタがノアの視線を辿ってみても、そこには「何もない」というのに。
ロゼッタは首を傾げた。
しかしノアは身動ぎ一つしないで、じっと隅を見つめる。まるでそこに、見たくもないものがあるかの様に。
「どうしたのノア……?」
肩を二度軽く叩いてみるが、何も反応がない。隅を見たまま、動かなかった。
しかし、ようやく唇を震わせながら、ノアはたどたどしく言葉を紡ぐ。
「そこに……僕が、いる」
「え?」
驚愕で目を見開いているノアだが、ロゼッタが何度空間の隅を見ても何もいない。何もいない所を見て彼は驚いている様だが、彼には何が見えているのか。
ねぇノア、と何度もロゼッタは声を掛けるがノアは身体を次第に震わせていく。最初は唇。次は手、それから肩、全身と伝染していく。
ノアの反応は一言で言えば異常だった。
「なんで、なんて言われても、わかるわけないだろ……」
「何を言ってるの? ノア」
ロゼッタの言葉など聞こえていないが、何度も何度も掛けた。彼女の声が聞こえていないノアは、苦しそうに誰に宛てているのかも分からぬ言葉を掠れた声で呟く。
「……ぼくは、ただ売られただけだろ」
「ノア?」
ノアの視界の中には、感情のない虚ろな目で彼を見つめる青い髪の少年がいたのだった。
*** 今となっては生活が豊かだったのか貧乏だったのか分からない。
だが、その子供は普通に暮らしていた。多分居たであろう父と母と。兄弟が居たかは定かではない。他の家庭とも大して変わらない、至って平凡な家だった。
しかし、とある日それは一変。
その子供の家、というよりは村は人間の国との国境近くにあった。
人間達が、村を襲ったのだ。その時子供が住んでいた国と人間の国は戦争中。その最中の出来事であり、その時代珍しい事ではない。戦争に乗じて村は焼き払われた。
その子供は何が起こっているのかも分からない状態で、見知らぬ男達に連れて行かれた。
卑しい顔をした男達に木箱に詰められ、馬車に乗せられ、人間の国に。
そして気付いた時には鎖に繋がれて、売られていた。
その全ての事実を知ったのは子供が少年に、そして青年に成長した後の事だった。
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