アスペラル | ナノ
13


 ここは入り組んだ町なのだ、とロゼッタはようやく自覚した。法則性皆無なこの町は、とても賑やかだが住居が密集している。それが自然の迷路を作り出していた。
 既に男達はロゼッタの近くにまで迫っている。彼女に逃げ場など無かった。

「いたぞ……!」

「!」

 最早、絶体絶命だ。ただロゼッタは一歩、また一歩と下がっていくしかなかった。

「大人しくしろ!」

 ロゼッタは抵抗したが、そんな抵抗も虚しくあっさり腕を掴まれた。ギリギリと腕を掴む男の手の力が強くなっていく。
 ロゼッタは痛みに顔を歪ませた。

「……あなた達何なの?!」

 必死に声を振り絞り、出した言葉がそれだった。状況を全く理解出来ていないロゼッタは、それが聞きたかったのだ。
 予想でしかないが、一応シリルの話では自分は王位継承者らしい。命を狙われているのとそれが関係あるのかもしれない。

「私が……王位、継承者ってやつだから……?」

 ロゼッタの呟きに、男達はにやりと笑った。そして、あぁ、という返事が返ってくる。しかし更に男達からは衝撃的な言葉が出てきた。

「……正確には、第一継承候補者だ。まだお前が正式な継承者ではない……」

「第一……?」

 そんな事シリルもアルブレヒトも何も言っていなかった。王位継承者としか伝えられていない。第一という事はつまり、まだ他にも候補者がいるという事なのだろう。
 男は口元を半月形に歪め、何も知らないロゼッタを嘲笑った。

「王の隠し子は何も知らないらしいな……なら、教えてやろうか?」

「……隠し子?」

 隠し子という表現では様々な憶測が飛ぶ。え?と、困惑の表情をロゼッタは浮かべた。

「お前は自身がどういう存在なのか知らないみたいだな。陛下の侍従達が、お前に対し何を言ったのかは知らんが……お前の存在が、この国の未来を揺るがす……」

「私の存在が……?」

 ちっぽけだと思っていた自分の存在が、そんなに重要だとは思ってもいなかった。むしろ、話を聞かされた今でも信じられない。
 だが、ロゼッタの心臓が緊張で早くなるのを感じた。彼女は静かに息を飲む。

「この国には王子が一人いる。いや言い方を変えると、王には子供が一人しかいない。だから、いずれ彼が王になると思われた………が、王には隠し子がいて、しかも王は最近になってその隠し子を王に据えると言い出した」

「それが私だって言うの……?」

「あぁ。そして内部では今波紋が広がりつつある」

 ならばロゼッタがこれから城へ行くのは、更なる混乱を呼ぶ可能性があるだろう。だから彼らは言ったのだ、彼女が国を揺るがす存在だと。
 ロゼッタも馬鹿ではない。彼らの話を聞いて、自分の立場がとても危ないものだという事は気付いた。

 元から王位を継ぐ気はない。ただ父親に会いたかった。それだけなのに、彼らの話はロゼッタに決断を鈍らせた。

「……いかに重要か分かっただろう?このまま人間の国へ帰れ。そうすれば見逃す」

 ロゼッタにはそれが一番のように思えた。人間の国に帰れば彼女は幸せだし、アスペラルにこれ以上の混乱は呼ばなくて済む。

 しかし、それは父親に会えなくなるという事だ。折角王都の目と鼻の先であるカシーシルまで来たというのに……

「……私は」

 ロゼッタは目を瞑った。瞼の裏に浮かぶのは村の人達。シスターや弟や妹、それから友人。
 だが、ロゼッタは自分の感情を抑えられる程大人ではない。先日気付いた気持ちを抑えきる事など無理だった。

「……帰らない。お父さんに会うまで、帰れない……」

 ロゼッタは素直な感情で呟いた。

 ただ、今まで会う事なかった父親に会いたかった、それだけである。しかし彼女にとっては大きな理由なのだ。
 ロゼッタは顔を上げた。出た答えは実にシンプルだが、彼女の気持ちを整理させるには充分だった。もう困惑の表情はなく、彼女は毅然とした態度を取っている。

「王位継承なんて興味ない……ただ私はお父さんに会いに行くだけよ」

「……ならば、国とルデルト家の為に……」

「私は絶対に王都へ行くわ……!」

 振り下ろされた剣をロゼッタは険しく見つめた。その動きはスローモーションで彼女に迫り来る。

 だが、何故かロゼッタに恐怖はなかった。自然と大丈夫だ、という自信があるのだ。漠然とそんな気がする。

(大丈夫、お父さんに会うまで死なない……)

 体外の気温が急激に冷えた気がした。

 いや、ロゼッタの気のせいではなかった。冷えるのと同時に、目の前まで迫っていた剣は動きを止めている。
 剣を持っていた男の腕に、大きな氷の塊が絡み付いていた。氷の塊は腕だけでなく、足など身体の至る所に付いている。氷は体温は勿論男の身動きの自由すら奪っていた。

「え……?」

 ロゼッタは口を半開きにして呆然とする。目の前で人が固まるという奇怪な出来事が起きたのだから。
 しかし、よく考えれば前にもこんな状況で奇怪な出来事が起きた事がある。

 アルセル公国の騎士達に追い掛けられ、捕まった時だ。その時もロゼッタの周りから火の粉が舞った。

「……これは魔術か?!」

「ロゼッタ=グレアにはまだ魔術の教養はないって話だろ……?!」

 予想外のロゼッタの反撃に男達は混乱しているようだった。しかし、ロゼッタ自身も自分でしておきながら驚きだった。使おうと思って使ったわけではない。それに魔術を使える事は自分でも知らなかった。

 無意識の内に、ロゼッタは自分の何もない手の平を見つめていたのだった。
 魔術に対する微かな畏怖を感じながら。


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