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金髪の女性が行きたいという雑貨屋はロゼッタも訪れた事がある場所だった。大通りを少し外れ、奥まった所にあるお店。確かに地図だけでは分かり難いかもしれない。
ロゼッタが先導して歩き、そのすぐ後ろをノア、そして金髪の女性――アダリナという名前らしい――の順で歩いていた。
彼女の話によると、そこの店で引き渡ししなくてはいけない商品があるらしい。詳しくは聞かなかったが、とても大切な用事らしい。
脳天気にも、ロゼッタは「働いてる女性って格好良いな」と思った。
「あ、アダリナさんもう少しで着きますよ」
細い路を通りながら、アダリナを振り返ると彼女はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「ここまで連れて来てくれ、本当にありがとう! とっても助かったわ!」
「いいえ、気にしないで下さい!」
「でもお礼させて欲しいわ。ちょっと待ってね!」
まだお店にも着いていないのに、気にしなくていいとロゼッタは首を横に振るが、アダリナはお構いなしに自分の鞄の中から何かを探し出す。
そんな下心などロゼッタには微塵もなかった。お礼が欲しかったわけではなく、困ってる人を助けたかった、それだけである。しかしここまで来るとお礼を断るのも悪い気がして、アダリナの次の行動を彼女は待った。
「……姫様、いいの? そろそろ戻らないと」
アダリナに聴こえぬ様にノアはロゼッタに耳打ちした。姫様なんて呼び方、他の人に知られては不味いからである。
「でも人の好意を無下にするのも……すぐに戻れると思うから大丈夫よ」
お礼は予想としては物品である確率が高いだろう。高価な物ではなかったら素直に受け取り、早く戻ろうとロゼッタは決めていた。
すると、アダリナが鞄から取り出したのは一枚のカードだった。大きさは手紙ほどで、鳥と花の綺麗な絵柄が描かれている。絵手紙と呼ばれるものの一種だろう。
「わぁ、綺麗」
一瞬で心奪われたロゼッタは受け取ると、感嘆の声を漏らした。
横ではノアもそのカードを覗き込んでいるが、何も言わなかった。
「ふふふ、良かった気に入って貰えて」
そう言って笑うアダリナの綺麗な顔が、歪んだ。
いや彼女の顔がじゃない。視界だ。ぐらり、ゆらり、と視界が揺れて歪んで、吐きそうな程に気持ち悪い。気付けば彼女の瞳は空の色を映し、そして暗転した。
ロゼッタの体はその場に倒れる。
「……ひ、め、様」
ロゼッタ程すぐには倒れなかったが、カードを覗いていたノアも同様だった。視界が徐々に歪み、ぼやけていく。突然の視界の歪みに吐き気がする。
ノアは片膝をついてアダリナを睨むが、彼女はただ静かに笑っていた。
そして先程のカードが、催眠の呪が掛けられた魔具の一種だとようやく気付くが、もう遅かった。もう意識はほとんど呪に飲まれており、限界寸前だった。魔術師なのに相手に遅れを取ってしまうとは。悔しくも思いながら、持っていた荷物をその場に投げ出し、ノアもとうとう暗い世界に飲まれたのだった。
「良かったわ……気に入って貰えて。ふふっ」
***「人攫い……?」
「ええ、最近活発になっているらしくて」
その頃離宮にて、シリルはエリノアからとある話を聞いていた。不穏な単語に、珍しくシリルは眉を寄せた。
「元々北部の国境沿いに出没していたらしいんですけど、この前の戦争に乗じて南下してるらしいんですわ」
人攫いは残念ながら今に始まった話ではない。昔から幼い子供や少女が攫われるという話は、後を絶たない。聞いた話では戦争に乗じ誘拐した子供は、人間の国に売り飛ばされるらしい。
これが人間の国に魔族出身の奴隷がいる理由である。勿論、戦争で人間達に連れされた場合が多いが、稀に魔族の中にも同胞を売る者もいるのだ。
魔族は嫌悪されているものの、それと同時に珍しい見世物にもなるし、玩具ともなるのだ。
「もしかしたら、この辺りまで来ているかもしれないって話ですから、若い女の子は外に出るなって言われてますわ。この話が出回ったのはシリル様達がアルセルへ行っている間でしたの」
だからシリルは初耳だったのだろう。そんな話を知っていれば、ロゼッタを外に出す事なんかしなかった。
今若い女性が外出を控えているならば、今のロゼッタは格好の餌食だ。
ローラントとアルブレヒトと一緒に出掛けたのだから大丈夫だと思いたい。腕は立つのだから。しかし、それでもシリルは不安を拭い切れなかった。理由などない、ただ「危ない」と勘が告げていた。
「……エリーさん、馬車の用意お願いできますか? ちょっと追い掛けます」
「分かりました。今すぐに準備致します」
二人共、杞憂であればいいと思った。
エリノアは一礼し、すぐにシリルの出立の準備をしたのであった。
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