アスペラル | ナノ
7


「あ、他にもどこか行く予定あった?」

 ベンチに座りつつそわそわと落ち着きがないノアにロゼッタは尋ねた。

「……そっちが無理矢理連れてきたくせに」

「何か言った?」

「別に」

 ぽつりと呟いたノアの呟きが聞こえなかったわけではないが、ロゼッタは笑顔で聞き返す。もう一回言えるものなら言ってみろ、と。
 こういった時の女性には勝てないと本能的にノアも分かっているのか、首を横に振った。
 すると、横で立っていたローラントが突然ロゼッタを呼んだ。

「なに? ローラント」

「剣を手入れする道具を買い忘れた……少し席を外しても良いだろうか?」

「いいわよ。アルももう少しで帰ってくるだろうし」

 ロゼッタは快諾した。
 用心棒にしては少し心細いが、隣にはノアもいる。飲み物を買いに行ったアルブレヒトもすぐに戻ってくるだろう。それにこんな人通りの多い広場にいるのだ、何かが起きる事はないだろう。
 ノアは少し嫌な表情をしているが、彼女は有無を言わせなかった。
 ローラントにとって剣は命。その剣を手入れする道具は必須であった。助かる、と言ってローラントは二人から離れて武器屋へと向かって行った。幸い、武器屋はここから目と鼻の先である。

「僕、もう帰りたいんだけど……」

 心底だるそうに呟くノア。早く帰りたいを連呼していた。

「なら一緒に帰りましょうよ。四人なら丁度馬車に乗れるんだから」

 ああ言えばこう言うロゼッタ。ロゼッタはにっこり笑った。慣れない室外にいるせいか、完全に彼女のペースにハマったノアは深い溜息を一つ吐いた。
 研究が絡んでいるわけでもないので、今のノアは単なる引き篭もりに近い。彼女の、いや女性特有のペースには苦手意識さえあるのだ。

「アル遅いわねー」

 アルブレヒトが飲み物を買いに行った方向を見てみるが、彼が帰ってくる気配はない。何か甘いものでも見つけて買食いしているのだろうか。

「……混んでるんじゃないの?」

「そうね。今日は天気が良くて、少し暑いくらいだし。飲み物とか買う人多いかもしれないわね」

 手を目の上でかざしながら、彼女は空を見上げた。
 暦の上ではもう夏が近い。アスペラルは寒暖の差はないものの、夏に近付けば多少は暑くなる国だ。
 特にする事も、二人で喋る事もなく、ロゼッタはぼんやり道行く人を眺めた。均一な大きさの石が敷き詰められた灰色の石畳。赤や橙色の屋根をした屋台。ロゼッタの瞳と同じ色の空。そして行き交う穏やかな表情の人々。
 平和ね、と自分が守った平和を噛み締めながらロゼッタは嬉しげに呟いた。

「こういう風景見ると、あの時行動して良かったって思うわ」

 独り言ちか、それともノアに向けて言っているのか分かり難いが、彼女の言葉にノアは少し目を伏せた。

「……姫様、一つ聞きたかったんだけど」

 珍しく神妙な顔付きのノア。ロゼッタは首を傾げた。

「なに?」

「あの時アルセルで」

「あの、すみません……」

 真剣な表情で見つめ合っていた二人の背後から突然話し掛けられ、ロゼッタは「は、はい」と変に上擦った声で返事をして、後ろを振り向いた。
 そこに立っていたのは見知らぬ金髪の女性。金髪に青い瞳、年は二十代前半位だろう。美人なお姉さん、という出で立ちだった。
 だが、全く見覚えのない女性だ。確実に知り合いではない。
 何かを言い掛けていたノアだが、急な横入りに口を噤んでしまった。

「何ですか?」

「ここに行きたいんですけど……行き方が分からなくて。このお店、分かります?」

 金髪の女性が差し出したのは手描きのメモ。簡易的な地図が描いてあるが、それは確かにラインベルのものであり。そして彼女が行きたいとと指したのは、先程行った雑貨屋だった。
 つまり、ロゼッタは道を尋ねられているという事だ。このアスペラルに来てそんな事は初めて。
 まさかこんな日が来るとは思っていなかった。

「ええ、知ってますよ」

 ロゼッタは警戒心もなく頷いた。
 すると目の前の女性は嬉しげに笑ってみせる。美人が笑うと更に綺麗だ、とロゼッタはどうでもいい感想を思った。

「良かった、行けなくて困ってたんです。その良かったら、案内して貰えませんか? とても大事な用があって」

「いいですよ」

 二つ返事でロゼッタは承諾。目の前の女性が行きたいという雑貨屋は少し狭い路地を通る事になるが、ここから数分で着く場所にある。案内する程度ならば苦ではないだろう。
 しかし、立ち上がったロゼッタの手をノアが珍しく力強く掴んだ。

「……いいの? 弟とポチさん待たなくて?」

「すぐ戻るから大丈夫よ。困ってる人放っておけないでしょ」

 ロゼッタは平然と言い放つが、ノアにしてみれば考えられない理由だ。人の為に動く、それが自分にとって何の為になるのか。
 しかしノアは金髪の女性を一瞥すると、すっとその場に立ち上がった。

「……僕も行く」

 渋々といった感じである。

「え、本当に? でもすぐ戻ってくるのに」

「勝手に行っても別に僕は構わないけど、一人で行かせたら後で二人から怒られるから」

 成程、とロゼッタは納得した。確かに主人のロゼッタを行かせて一人ベンチで待っていたら、戻ってきたアルブレヒトに怒られるだろう。保身の為、という事か。
 とりあえず彼の行動の原因には納得し、ロゼッタはノアを連れて金髪の女性の道案内をする事となったのだった。

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