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善は急げ。ここぞとばかりにロゼッタは急いで支度をした。と言っても、元々化粧っけのない彼女が支度するものなど財布くらいだろう。
アルブレヒトにも声を掛けた所、少しだけ戸惑いを見せつつも一緒に行く事に。
彼と二人っきりであれば流石にロゼッタも気まずい思いをしただろうが、間にローラントがいるお陰で何とか重い空気を緩和出来ている。
ロゼッタ、ローラント、アルブレヒトを乗せた馬車はゆっくりと走り出した。
「ラインベルはそんなに近いのだろうか?」
アルセル公国からアスペラルへ来てから、離宮の外に出るのは今回が初めて。ローラントは興味津々に馬車の窓の外を眺めながら尋ねた。
窓の外を見ても離宮を取り囲む森の木しか見えないが、それでもじっと外を見てしまうローラントを見てロゼッタは苦笑した。まるで、初めてラインベルに来た時のロゼッタの様なのだから。
あの時は外にある物何もかもが新鮮で興奮した覚えがある。傍から見たらこんな感じなのね、とローラントを眺めながらロゼッタは少しこっ恥ずかしく感じる。
「そうね、十分くらいかしら。結構すぐに着くわよ」
うむ、とアルブレヒトも同意した。
しかしロゼッタもそこまでラインベルに詳しいわけではなく、堂々と偉そうに言える立場ではない。町に行くのは今回で実は三回目なのだから。
だが、二回訪れたのだから大体どこに何があるかは分かる。迷子にはならない自信だけはあった。
「シリル殿は来なかったのか?」
馬車内には三人だけ。ロゼッタをいつも気遣う彼がいないのをローラントは不思議に思ったのだった。
「シリルさんは仕事があるんだって。私の家庭教師と他にも色々引き受けてるみたいだから、大変よね」
よくよく考えればロゼッタ以上にシリルはいつも離宮に閉じ込もっている。出たくないわけではないだろうが、仕事があると彼はいつも言っている。
「そうか。ノアは?」
ちらりとローラントはアルブレヒトを見る。アルブレヒトは窓の外を見ていた。まるでわざと視線を外す様に、ロゼッタを見ない様にしていた。
「……兄上、声掛けた。でも部屋いなかった」
「ノアが部屋にいなかったの? どこへ行ったのかしら、珍しいわね」
アルブレヒトの異変に気付きつつも、いつも通りの態度でロゼッタは接する。シリルとはそういう約束なのだ。
ロゼッタが優しげな視線でアルブレヒトを見ると、彼とは偶然目が合う。彼は少しだけ泣きそうな表情をしつつも、視線を窓の外へと戻す。
どうしてそんな表情をしつつも買物には付き合ってくれるのか。それがロゼッタにとっては不思議でならない。そして、この距離感はいつまで続くのだろうか。悲しいのに何も出来ない自分がもどかしい。
「多分、買い出し。書き置きあった」
「ノアが部屋の外に出るのは珍しい事だな」
ノアが引き篭もりである事は既にローラントも知っている様だ。
「そう。じゃあノアもラインベルに行ってるのかもね」
ロゼッタが窓の外を見れば、もう少しでラインベル。遠くに街並みが見えていた。
*** その頃離宮の広間では、一人残ったシリルが黙々と仕事をしていた。ロゼッタが少し心配だが、先の件で彼女が思った以上にしっかりしている事は承知している。ローラントもアルブレヒトも近くに控えている。
子供でないのだから大丈夫だろう、とシリルは書類にペンを走らせる。
(それよりも……)
逆に心配なのはアルブレヒトの方だ。最近は色々と悩んでいるらしく、ロゼッタとの関係は悪化している。
それでも買物に付き合っているのは、彼女が大切だからなのだろう。一緒に行きたくないけど行きたい、それでもそんな気持ちを抱えつつ一緒に行ったアルブレヒトをある意味尊敬してしまう。
シリルは苦笑を零し、傍らの珈琲を一口飲んだ。
「失礼致します」
その時広間に入って来たのは長い茶色の髪をまとめたメイド姿の女性。ロゼッタの身の回りの世話をしている一人、エリノアだ。
「エリーさん」
「あら、シリル様お一人でしたの。ロゼッタ様方とはご一緒ではないんですのね」
にっこりと笑いながら部屋に入って来たエリノアの手には掃除道具が握られており、この広間を掃除しに来た事が伺えた。ええ、とシリルは頷きながらペンを置く。
「ロゼッタ様は先程近くに外出されました。軍師には内密にお願いします」
「まぁ、外出ですか……?」
口元に手を当て、エリノアは驚いていた。確かにロゼッタの外出は珍しいが、そこまで驚く様な事でもない筈だ。
「何かあったのですか?」
「ええと、友人から聞いた噂なんですけど……」
そしてエリノアが教えてくれたのは、シリルも知らなかったとある噂話であった。
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