アスペラル | ナノ
12


「何……?!」

 捻り上げるように掴まれた左腕。当然ロゼッタは痛みに声を上げ、振り返った。
 振り返った先にいたのは数人の男達。何かに属してるのだろうか、皆が同じ浅葱色の衣服を纏っている。まるで軍人の様な井出達だった。

「あ……」

 最初は全く分からなかったが、覚えが無いわけではない。確か昨日町を探索している時、アルブレヒトに抱き締められながら肩越しに薄らと見た気がする。しかし、彼らとの面識はその程度。お互い覚えていたかすら怪しい程度だろう。
 それなのに彼らはロゼッタに用があるのか、一向に腕を離そうとしない。

 当然、ロゼッタには彼らに何かした覚えなどない。

「……ロゼッタ=グレアか?」

「!」

 名前を呼ばれ、ロゼッタは目を見開いた。本能的に一歩下がろうと試みるが、手を掴まれていて思ったより動けない。
 嫌な感じがした。全身が汗をかいて、全力で拒絶している様だった。掴まれている手首は若干震えている。

 そう、この感じはまるであの時……アルセル公国騎士団の騎士達に囲まれた時に似ている。あの時の恐怖や不安がロゼッタの中で蘇ってくる。

「……だったら、何……?」

 だが、よく考えてみれば彼らはアルセル公国の人間ではなさそうだ。人間と魔族には身体的な差がないので、何とも言えないが。
 しかし逆に考えれば、ロゼッタが人間だとバレる事はまずない。そして、人間だとバレても名前まで分かる筈ない。つまり、彼らは何か目的があって「ロゼッタ=グレアという人物」を探している。

「我らが主の為……」

「……!」

 そう言って目の前に出されたのは、刃が透き通るのではないかと思う程綺麗な短剣。切れ味は多分想像しなくても良いだろう。

(……だから、シリルさんは出るなって……)

 今更出るなと言われた理由を知っても遅過ぎる。出来れば、もっと早くに教えて欲しかった。そうすれば、とりあえずこんな事にはならなかった。悔いてももう遅いのだが。

 あの時はアルブレヒトが助けてくれた。だから助かった。

(……だけど、今は自分しかいない……)

 頼れる人はいない。頼れるのはきっと自分だけ、そして自分を助けられるのも自分だけだ。
 ロゼッタは息を呑んだ。自分でやるしかない。

 そう思った瞬間、ロゼッタは手首を掴んでいた男の脛を思いっきり蹴っていた。まさかロゼッタが抵抗するとは思っていなかったのか、男は痛みと油断で手の力を緩めてしまった。

 それをロゼッタは見逃さない。
 瞬時に身体に走れと命令し、上手く動かない身体を鞭打って動かした。ロゼッタはとにかく走って逃げるしかなかった。

「待て……!」

 そう言われてロゼッタが待つはずがない。走っている最中も後ろから追い掛けてくるのが分かる。バタバタと建物に囲まれたこの狭い路を走る音が反響していた。

 町を散策している時から思っていたが、この町の路は入り組んでいる。乱雑に並べた様に家々が建っているせいだろうか、非常に複雑だった。
 地の利がないロゼッタだが、それは追い掛けてくる彼らも同じ。ならば、状況は不利というわけではないだろう。

 あとは勘と運に任せる他ない。

 ロゼッタは手当たり次第に角を曲がっていった。勿論、地の利がないので全て勘である。右に曲がったと思えば、次は左へ。更に左へ行くと、今度は右に。
 走りながら何度も後ろを振り返り、彼らを見た。頑張らなければ、すぐさま追い付かれてしまうだろう。

 だが、村に住んでいた頃は走り回って遊んでいたロゼッタ。同年代の少女と比べれば、足は早い方である。逃げ足にも自信はあった。

(……次は、あの角を曲がって……!)

 このまま撒いてしまえば、と考えたロゼッタはまた曲がり角を曲がった。

 しかし彼女は知らなかった。

「……!」

 その先が行き止まりの袋小路だという事に。


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