アスペラル | ナノ
10


***



「お、いたいたー……ん?」

 広間を出てロゼッタを探しに出たリーンハルト。すぐに廊下の先で彼女を見付けたが、彼女はあのリカードと握手を交わしていた。
 リーンハルトの目が点となる。二人はそんな仲だっただろうか、と。
 しかし遠目からでも分かる程、二人を取り巻く空気は前の様なギスギスしたものではなくなっていた。今まで二人の間に流れた事が無い様な、穏やかな空気だった。

「……」

 一度は止まった足だが、また歩き出したリーンハルト。スタスタと速足で二人に近付いて行く。
 そして彼は笑顔で、二人が手を繋いでる部分へ手刀を振り下ろした。

「あ、危ないだろうがハルト……!」

 寸前でリーンハルトの強烈な手刀に気付いたリカードは、無意識に素早くパッと手を離した。突然危ないだろうが、とリカードは叫ぶがリーンハルトは彼の発言など丸々無視している。その証拠にリカードには背を向け、見向きもしようとしない。
 彼の手刀は空振りだったが、そんな事リーンハルトは気にも留めていない様子だった。
 そしてロゼッタへと向き直り、胸元から何故かレースのハンカチを取り出すと、笑顔でロゼッタの手――リカードと握手していた方を拭きだした。

「はーい、ロゼッタお嬢さんキレイキレイしましょうねー」

「おい! それはどういう意味だ……!」

 九割は悪意が読み取れるリーンハルトの行動。リカードは憤慨し、ロゼッタはいきなりの展開に付いて行けず呆然としていた。

「え? ど、どうしたのよハルト……?」

 何故そんなにも入念にロゼッタの手を拭くのか。彼を見上げてみても、にこにこと怖い笑顔を浮かべているだけで、何を考えているかは全く分からなかった。
 レースのハンカチは手触りがさらさらで、何気に高級品だろうとぼんやりとロゼッタは思った。そしてどうでもいい事だが、男の癖にリーンハルトの方が肌のキメが細かいと気付いてしまった。

「ん? ほら、だって色々うつったら問題でしょ?」

 にっこりとシリルにも負けぬ笑顔だった。
 ロゼッタは頬を引き攣らせた。

「お前は俺をバイキン扱いか……!」

 当然怒りだすのはリーンハルトに背を向けられているリカード。リーンハルトが壁になってリカードが見えないロゼッタだが、彼がどんな表情で怒っているかは容易に想像できた。
 ようやくリカードとは和解出来たところ。リーンハルトとリカードにおろおろしながら、ロゼッタはこの場をどうやり過ごすべきか考えた。

「えええっと……そうだわ、ハルト! 何か私に用があったんじゃないの?」

 そして、在り来たりだが話題を変える事に。ほとんど無理矢理な方向転換だったが、ロゼッタはこれでも精一杯に頑張ったつもりである。
 リーンハルトの両手に収まっている自分の手も思いっきり引っこ抜いた。

「そうそう、これから当日の衣装とかドレスの採寸があるから呼びに来たんだよ」

「そ、そう……」

 それでもロゼッタの手を拭いた事は関係ないではないか、という言葉をロゼッタは吐き出しそうになったものの飲み込んだ。きっとリカードも同じ事を思っただろう。
 ロゼッタは自身の手を見ると、何度も擦られて少し赤みを帯びていた。

「じゃ、じゃあ早く行かなきゃね……!」

 声が少し裏返りつつも、リーンハルトを押し退ける。これ以上ここに居てはリカードがリーンハルトに対して無駄な労力を使うだけだろう。

「それじゃあ、私とハルトは採寸に行くから。また後でね、リカード」

 リーンハルトを押しつつ、ロゼッタはリカードを振り返った。また後で、そんな何気ない言葉すら今までなかったが、些細な変化が二人とも嬉しかった。

「あ、あぁ……」

「ほら行くわよハルト。重いからちゃんと歩きなさいよー」

 リカードは納得していないものの渋々頷き、今回はあえてリーンハルトを見逃した。彼もロゼッタと同じく、和解した直後にまた変なごたごたは避けたかったのだ。
 彼女もそれを察し、申し訳なさげにリーンハルトの背中を押して歩みを進めた。
 呆然とリカードは二人の背を見送るが、するとリーンハルトがちらりとリカードの方を向く。その瞳には挑発的な色を浮かべながら、口元はくすりと笑っていた。
 その事に気付かなかったのはロゼッタただ一人だけである。

(いきなり何なんだあいつは……!)

 遠くなる二人を見ながら、リカードは一人憤慨する。
 その瞳の真の意味をリカードが理解するのはまだまだ先であった。

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