8
「……まぁ、その事もあってお前が本気でアスペラルに来たんだって分かった。少なくとも、王族の財産を狙ったりする馬鹿でもないな、と」
腕を組み、気恥かしさを隠す為か、視線を窓の外へと外しながらリカードは呟く様に言った。
もしロゼッタが父の遺産や私欲で王位を欲しがっている様な女であれば、あの局面で戦おうとは思わないだろう。殺されるかもしれないという状況でありながら、彼女は国の為に走った。
その事実だけで、リカードには充分過ぎる程である。
例えその手段がいかなるものであっても、彼女の気持ちは痛い程に分かった。
「だから……今までの非礼は詫びる。悪かったな、色々と」
彼ははっきりと頭を下げる様な事はしなかったが、真剣な声音にロゼッタも黙ってしまった。
確かに今までのリカードの態度には何度も憤った事がある。リカードに非がある場合もあったし、ロゼッタに非があった場合もあった。
しかしロゼッタは意外にも謝って欲しいと思った事はなかった。今も謝罪は特に必要だとは思わない。これでリカードの気が済むなら構わないが、彼女にとって許すも何もとっくに許している。
「……まず、最初の非礼ってあれよね。私を迎えに来た後、馬車の中で『母親はどこの馬の骨か知らないが』っていう」
「あー……あったな」
否定はしないが、ばつの悪そうな表情をリカードは浮かべていた。非礼は詫びた後だからこそ、昔の自分の馬鹿さ加減を思い出したくないらしい。
「でも直後にお前は俺に平手打ちをお見舞いしただろうが。これについてはお相子だろ」
ロゼッタの一撃は強烈だった。いくら油断していたとはいえ、騎士団長であるリカードが女性の一撃を受けるとは思っておらず、精神的なダメージも相まっていたのだと思う。
いや、しかし。確かにロゼッタの一撃は普通に痛い。思い出すだけでまた頬がひりひりと痛み出しそうだ。
彼女はリカードの言葉に「何のことかしら」と、とぼけているが。
「他にもあったわよね。馬車から下りて、離宮まで歩くことになったり」
「それはお前が歩いて行くなんて駄々を捏ねたから、全員が歩く羽目になったんだろうが」
「自己紹介なんて、名前しか言わなかったり」
「…………」
「ルデルト家の襲撃を、意地張って一人で解決しようとしたり」
「……もう過ぎた話だろうが。掘り返すな……!」
一つ一つ身に覚えのある話であり、彼にとっては記憶に新しい黒歴史。思い出したくない、とリカードはそっぽを向いた。
本気で恥ずかしがっている彼に、ロゼッタは無意識に口元に笑みを浮かべた。
「そうね。もう、過ぎた話よリカード」
リカードは苦手だ、嫌いだ、と感じていた時期もあったが、いつの間にかそんな事考えなくなっっていた。きっと一緒に過ごすうちに、そんな感情も氷の様に溶けてしまったのだろう。
「本当、最初の出会い方が悪かったと思うわ……あとリカードの態度」
出会ったのはルデルト家の襲撃真っ只中だったというのも要因かもしれない。勿論、リカードの態度が悪かったのは事実だが。
「お前俺に喧嘩売ってるのか……」
「そういうわけじゃないわよ。でも、私にとっても過ぎた話なの。もう謝ったりするのも止めましょう。先のことを考えた方がずっと良いもの」
前の自分であればリカードに再度喧嘩を売って、仲は再び険悪になっていただろう。今こうしていられるのも、色んな経験が彼女を育んだとも言える。
ロゼッタは片手をリカードに差し出した。
「……?」
何を要求されているのか分からず、リカードは彼女の手と彼女を見比べる。
「だから、最初からやり直しましょう」
リカードは目を見開いた。
「……私はロゼッタよ。ロゼッタ=アスペラル。お父さんと会う為に、この国へ来たの。特技は木登りで、趣味は家事よ!」
今までリカードが向けられた事はないであろう柔らかな笑みをロゼッタは浮かべ、自己紹介から始めた。彼女の最初からというのは、つまり「初対面の部分」かららしい。
彼女は笑っているが、目は真剣である。真剣にリカード見上げて二度目の自己紹介をしていた。
こいつ馬鹿だな、と少し思いつつも前の様に彼女に対して嫌な気持ちは抱かない。それに、初対面からやり直そうと言い出すとは思わなかった半面、望むところだという気持ちがリカードの中で勝っていた。
あまりにも彼女が真面目に自己紹介をしているものだから、そんな姿がおかしくて、リカードも僅かに口角を上げた。
「……リカード=アッヒェンヴァルだ。第一師団騎士団長を務めている。このアスペラルに来たこと……歓迎しよう」
少し躊躇いがちに、リカードよりも二回りも小さく、温かい手を握り返した。
握り返された手に驚きつつも、ようやく本当の仲間になれたのだと、頬を綻ばせながらロゼッタは思ったのだった。
(8/13)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]