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「アバルキンでは助けてくれてありがとう。正直、あの時一緒に来てくれるとは思ってなかったわ」
丁寧にお礼を言うと、頭を下げるロゼッタ。
居た堪れない気持ちになるリカードは、渋い表情をすると咳払いを一つした。
「……これから王族になる奴が、そう簡単に頭を下げるな。甘く見られるぞ」
「え……?」
予想外の返答に、ちらりとロゼッタはリカードを見上げた。彼女の記憶が正しければリカードはロゼッタの王位継承について大反対していた筈。
見上げた先にあるリカードの表情はいつもの仏頂面で、何を考えているのかちっとも分からなかった。
「だから! 頭を上げろと言っている……!」
ぽかんとまぬけ面で見上げているロゼッタにリカードは我慢出来ずに、ついいつもの調子で怒鳴ってしまった。彼女の反応はあからさま過ぎる。
優しくなったり突然怒鳴ったり気まぐれね、とロゼッタは不思議そうにしているが、リカード本人はこれでも大真面目。幸い、僅かに彼の頬がいつもより赤いの事は彼女は気付いていない。
つまり分かり難いが、所謂これがリカードの照れ隠しなのだ。
「でももう一つ私、お礼を言わなきゃ……帰った後の片付けとか」
「もういい」
リカードはロゼッタの言葉を乱暴に遮った。
ロゼッタ自身今まで色々あったが、それらは今回水に流して素直に謝ろうと思っていた。しかし、こうもはっきりと拒否されるとは思っておらず、自分の意を無に帰された様で腹立たしかった。
ロゼッタは肩をわなわなと振るわせる。
「ひ、人が折角お礼を言いたいって言ってるのに……それが人に対する態度なの!?」
いつもより大人しくしようと思っていたロゼッタの思惑など叶う筈もなく、結局は良くも悪くもいつも通りだった。
「少し落ち着け! 別にお前の気持ちを無下にしようというわけじゃない……それに、これでは俺が謝り難いだろうが!」
「はぁ? 謝る……?」
怪訝そうな表情でロゼッタはリカードを見つめた。リカードがロゼッタに対して謝る事……正直、ロゼッタは色々思い当たる節はある。
「何を?」
「…………」
ロゼッタの問いに、リカードは苦虫を噛み潰した様な表情で黙った。
本来ならもう少し場と時を考慮して言うつもりだった。アスペラルに戻ってから、それをずっと考えていたのだ。それなのにロゼッタが不意打ちに先に「お礼」など言ってくるものだから、出遅れた感が否めなくなってしまった。
考えれば考える程気まずさは増すが、リカードはあまりの言い難さに言葉が出て来なかった。
「謝る事って何よ?」
ロゼッタに詰め寄られ、珍しくもリカードがたじたじとなっていた。第三者の目から見たら奇妙な光景だろう。あの黒獅子が変哲もない少女に押されているのだから。
「……………………今までの」
「今までの?」
「……非礼を詫びたいと思っていたんだ」
ロゼッタは耳を疑った。リカードの口から、そんな言葉が飛び出してくるなんて思っていなかったのだ。怒鳴られたり嫌味を言われたりする事は多々あったがこんな事は初めて出る。
それに今までの非礼を詫びられる時が来ようとは。
「何だその顔は! 俺が謝るのがそんなにおかしいか……!」
逆ギレというのはこういう事を言うのだろう。ロゼッタの目の前の男は、ロゼッタはまだ何も言っていないというのに、何故か赤面しながら半分怒っていた。
「おかしくは……いえ、少しおかしいと思ったわ。ごめんなさい。正直、悪い物でも食べたのかしらとも思ったわよ。で、どういう風の吹き回し?」
それでもロゼッタが決して笑わなかったのは、これが冗談などとは思えなかったからだろう。
リカードの方も少しだけ落ち着きを取り戻し、言い難そうに口を開いた。
「……正直アバルキンに行く事になった時は死を覚悟した。あんな所で死ぬ気はなかったが、あの人数で敵陣に行くなんて馬鹿げてると思っていたんだ」
最後はリーンハルトに言い包められ同行していたリカードだが、内心嫌だという気持ちがあった。
「でもお前が、本当に上手くやるなんてな……結構あれは本気で驚いた。そして見直したんだ」
先の戦いでどんな賞賛を貰ったとしても、きっとこれ以上に嬉しい言葉はないだろうとロゼッタは思う。全身の血が沸騰するかのように、体が熱くなっていく気がした。
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