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*** 広間を出たリカードは自室へ戻るべく、廊下を歩いていた。足取りはしっかりしているものの、ここ数日の激務のせいで表情は疲れていた。
部屋に戻って仮眠を摂ろう、そう思って足を動かしていたリカードだったが、背後に気配を感じ取り立ち止まった。
「あ」
多分、お互いに発した言葉だろう。
振り向けば、リカードから少し離れた所にいたのは先程まで広間で会っていたロゼッタ。てっきりまだ広間に残っているものだと思っていたリカードは、驚きを隠せなかった。
「……部屋に戻るのか?」
視線が合い、咄嗟に出てきた言葉だった。彼女がリカードに何か用事があるとは思えない。そうなるとリカードの部屋の隣は彼女の部屋なのだから、彼女は自分の部屋に向かっているものなのだと彼は思った。
しかし、ロゼッタはいきなり押し黙った。
リカードの言葉に対して嫌味を言ったり反論したりするのが当たり前のロゼッタ。押し黙るのは初めての反応だった。しかも、今回のリカードの言葉はありきたりな、彼女を怒らせる様な言葉では無かった筈。
何故何も言葉を返さない、と内心リカードは少し狼狽していた。
「……えっと、部屋に戻ろうとしてたわけじゃないわよね、私……?」
「俺に聞かれても知るか」
今日のロゼッタは「おかしい」という言葉がぴったりと合う。
「ハルトが呼べと言ったのか?」
リーンハルトの話はまだ途中だった。まだ大事な話は終わってないから戻れという話だろうか。
「あら、ハルトはそんな事言ってなかったわ。うん、来てみたものの……私何で出て来ちゃったのかしら?」
「だから俺に聞くな」
首を傾げながら、ロゼッタの疑問は元の地点へと戻る。
嫌味で返してくれたらあっさり返せるものの、こう悪気を感じさせない奇妙な問いで返されるとリカードも返答に困る。いつも以上にロゼッタとの会話は疲れを感じさせた。
悪気が無いというのが一番性質が悪い。邪険に扱う事も出来やしない。
「いえ、ちゃんと目的はあった出て来たの。リカードと話す事があって」
「俺と……? 何の用だ?」
彼女からリカードに対して個人的に話があるのは珍しい事だ。
「だけど、その内容をずっと考えてたんだけど、リカードに話し掛けられて大体頭から抜け落ちたわ。リカードのせいね」
「それは……俺のせいじゃないだろ」
訂正しよう。今日のロゼッタは「おかしい」んじゃなくて「アホ」なのだとリカードは思った。
いつもリカードの目から見ていたロゼッタは良い意味ではしっかりしていた。いや、人に弱味を見せず、人と少し距離を取ってる様な感じがしていた。少し十七歳らしくない部分もあり、それでいてリカードには敵意を見せる少女。
そんな彼女が少し抜けた部分を見せるのは初めてであり、彼女から自然に話し掛けてくるとは思っていなかった。
「あ! そうだ! とりあえず、一つは思い出したわ! 私、リカードにお礼を言いたかったの」
「礼?」
リカードは訝しげな表情でロゼッタを見返した。嫌がらせや復讐ならまだ納得出来るが、お礼を言われる様な事をした覚えはない。
もしやリカードの警戒を解く為に最初から全て計算だったのか、といらぬ予想までリカードはしてしまった。
「戦争の片付けとか処理、全部リカードやリーンハルトがしてくれたって聞いたから……勝手に動いた私が色々しなきゃいけない事も、二人が請け負ってくれたってシリルさんに聞いたの」
「シリルの奴、余計な事を」
聞かれて困る話ではないが、わざわざ人に話して回る様な内容でもない。リカードは舌打ちをし、眉間の皺を一本増やした。
だが当のシリル悪気があったわけではないだろう。ロゼッタに聞かれ、素直に答えたとしか思えない。だからこそ、彼にきつく当たれないのだからこの感情のやり場に困る。
「別に礼を言われる様な事じゃない。元々俺とハルトの仕事はそういうものだ。当たり前の事をしただけだ」
「でも色々質問攻めにあって大変らしいって話も聞いたから。だからお礼を言わせて。聞き流してもいいから」
真剣に見つめてくるロゼッタを邪険に出来ない。リカードは溜息を一つ吐いた。
彼女は真面目で、変な所で素直だ。貴族社会で生きてきたリカードからして見れば、彼女は良い育てられ方をしたのだろう。今更ながら、そんな所は嫌いじゃないと思えた。
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