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「まさか、置いていかれるなんて……」
あの後、残されたロゼッタはとりあえず追いかける事はしなかった。まだ残っていた食事を全て食べ、納得しないままロゼッタの部屋へと戻ってきていた。
窓の外を見れば太陽が燦々と輝いている。近くの市場からは人々の賑やかな声が聞こえる。なのに、ロゼッタは宿屋の部屋に篭って一人だった。別に好きで篭っているわけではないが。
ロゼッタはベッドに飛び込み、この余る程ある時間をどうするべきか考えた。静かな部屋に時計の秒針が響き、ゆっくりとした時間が流れる。
だが、考えても考えてもする事がない。身一つでアスペラルに来たせいもあるが、これと言って特にする事が本当に無かった。
「暇だわ……」
ベッドに転がって天井を見上げる。木の天井はただ静かにそこにあるだけで、ロゼッタを楽しませるような要素など無い。それから何度も左、右、また左と寝返りを打ってみた。だが何も思い浮かばない。
「二人はいつになったら帰ってくるのかしら……」
二人の帰りが遅いならば、それまでかなり暇だろう。誰かいれば話し相手にはなっただろうが、二人とも出掛けてしまっている。
はぁ、とロゼッタは大きな溜息を吐いた。
「そもそも、理由も教えてくれなかったし……どうして外に出ちゃダメなんだろ」
一人のせいか、段々と独り言が増えて声が大きくなっていく。それに答えてくれる相手などいないのだが、それでも癖の様に言ってしまっていた。
すると、そうだ、と彼女は名案が浮かんだ。意気揚々とした瞳で、彼女は身を起こした。
「バレなきゃ……ちょっと位大丈夫よね」
とりあえず二人に出掛けた事がバレなければ大丈夫な筈だ、とロゼッタは判断した。どうせ彼女の行動範囲は近場の市場や雑貨程度。軽く見て楽しみ位なら大丈夫だろうと思ったのだ。
「少しだけなら……良いわよね。天気が良いのに部屋に篭るなんてもったいないし」
そうやって自分に言い聞かせると、ロゼッタはこっそり自分の部屋から出て行った。
まず宿屋を出たロゼッタは近くの市場に足を踏み入れていた。昨日は近くを通っただけで、あまり見ていなかったからだ。何かを買う予定はないが、異国の物を見るのは楽しいのである。
珍品や人間の国にはない物を見る度にロゼッタは足を止めた。そして楽しげに見ては、また市場を歩いていった。
「やっぱり見て歩くのは楽しいわね。アルがいないから……どんな風に使うのか分からないけど」
とりあえず言語は共通語なので、通じるから助かる。しかし、文字は文化の違いによりアスペラルの文字は読めない。昨日はアルブレヒトがいないので、ただ見て楽しむしかなかった。
「あら、見かけない子だね。旅人かい?どこから来たの?」
途中何度か市場の人間に声を掛けられる事もあった。普段は見かけない少女だからだろう。
「えぇ、旅をしているの。ここより……とても遠い所から」
流石に人間の国から来たとは言いにくい。人間と魔族は何十年も前から争い、今も互いに憎み合っている。ここで正直に言ってしまえば、きっと大騒ぎになる事が目に見えていた。
適当に愛想良く笑って誤魔化したロゼッタは、再び歩き出した。
しばらく市場を歩いていると、市場の終わりが見えてきた。他の通りに繋がっており、行くと住宅や他の店に行けるようだった。
ロゼッタは何も考えずに行く事にした。元々目的の無い散歩だ。気の向くままに歩いて、気が済んだら帰れば良いと彼女は考えた。
「あ……あっちは何かしら」
気になるものが視界に映った気がして、ロゼッタはまた角を曲がった。大分宿屋から離れた場所であった。銀の髪翻し、本能のままに行こうとする。
しかし、彼女の左腕は――誰かに捕まれていた。
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