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何の事だろう、とアロイスは惚けてみせた。
アロイスの身分は一文官だが、本人曰く「この性格故に友人は多い」と普段から豪語している。その証拠に軍師リーンハルトとは個人的な付き合いもあったりする。
たった今リカードの軍服に突っ込まれた紙も、大方リーンハルト宛てだろう。
「あ、ハルト様にさ、今度可愛い女の子がいっぱいのお店に連れてって下さいよーって言っといて」
「……それがコレの報酬か」
一文官であるアロイスがこれからリーンハルトを直接訪ねれば目立つ。だからこそ、リーンハルトを訪ねても違和感が無いリカードに半ば無理矢理託されたのだろう。
「中身は?」
「……新聞。兄さん、出来るだけ早くハルト様に」
アロイスは神妙な顔付きになった。
一体何が書かれている新聞なのか、ここで開くよりはリーンハルトに届けて直接尋ねる方が先だろう。どうせ仕事でこれから王の執務室に行く予定だったのだから。
リーンハルトとは個人的な付き合いもあり、いつの間にかリカードの知らぬ所でアロイスはリーンハルトの密偵の様な真似までしている。弟のしでかす事には口出しをするつもりはないが、人の弟まで利用しないで貰いたいものだ、とリカードは思っていた。
「あ、でもラナの事は別だった。で、兄さんは居場所を知ってるんだろ……!?」
再びアロイスが詰め寄りだす。
「……仕事で今は城を離れている。安心しろ、いずれ帰って来る」
ロゼッタの世話係をしている、などとは口が裂けても言えない。だがアロイスは本気で心配している事もあり、フォローのつもりだった。
「甘い! 兄さんは甘い……!」
「はぁ?」
「俺の可愛いラナを! そんじょそこらの男共が放っておくわけがないだろ! こうしている間にも俺の可愛いラナに虫が付いたらどうしてくれるんだ!」
早く仕事に戻りたい、とリカードは切実に思った。
アロイスを振り切れない事はないが、弟だからつい話を聞いてしまう。それが例え、可愛くない弟の本当にどうでもいい話であっても。
しかし、アロイスはああ言うがラナに手を出そうとする馬鹿な男はそんなにいないだろうとリカードは思う。ラナには黒獅子と称される騎士団長の兄がいるのだから。
遊びで手を出そうとする者がいれば、物理的に大火傷をする事は間違いない。
アロイスをシスコンで気持ち悪いと言うリカードだが、彼もまた無自覚なシスコンであった。
***「ノア、居るなら痛み止め作ってくれる?」
アルブレヒトの部屋を出たロゼッタは自室に戻らず、そのままノアの地下室へと直行した。
行き慣れた地下室への階段を下った先にある扉を開くと、相変わらずの埃っぽい光景。部屋の主は暖炉の火に照らされながらいつもの椅子に座り、読書に勤しんでいた。
埃っぽい上に熱気が籠っている。ロゼッタは顔を顰めた。
「ノアー?」
返事の無いノアにもう一度声を掛ける。彼が返事をしないのはいつもの事で、読書に集中しているのだからロゼッタなど眼中にないだろう。
ロゼッタはずかずかと部屋に入り込むと、ノアの持っていた本を取り上げた。
「……何?」
本を取り上げられた事で僅かに不機嫌そうにノアは顔を上げた。
アスペラルに戻って来た事もあり、彼の格好はいつもの地下室スタイルとなっていた。青い髪はぼさぼさのままで、何かの薬品にまみれて変色した衣服。深緑の瞳など髪に阻まれて見えない程だ。
「痛み止め作って。アルの様子が少し変なの……肋骨が痛むのかもしれないわ」
「弟が? 昨日痛み止めあげたばっかりだけど……昨日作った余りがあるから、それ持って行ったらいいよ」
机の上に粉薬の入った小さい包みがいくつかあった。昨日作ったというのは本当らしく、埃も被っていなかった。
それよりも既に昨日、アルブレヒトに痛み止めが処方されている事の方がロゼッタには驚きであった。
「昨日あげたの?」
「うん、文官さんに頼まれて。数日分あげたから、まだ無くなってないと思うけど」
ノアは首を傾げながらロゼッタに取り上げられた本を受け取った。
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